25 Nov, 2005 Near A Disputed Border
「あいつか?」
―彼は、『片羽の妖精』と呼ばれた傭兵
「ああ、知っている」
―わたしが追っている、『ある人物』の元同僚だった男
「話せば長い」
―10年前
「そう、古い話だ」
―世界を巻き込んだ戦争があった
「俺がまだ空を飛んでいたほどに、な」
―『ベルカ戦争』
「知ってるか?」
―その戦いの空に軌跡を描き
「エースは3つのタイプに分けられる」
―歴史から消えてしまった
「強さを求め、報酬に生きる奴、」
―戦闘機乗りがいた
「プライドに生き、己のルールを貫く奴、」
―畏怖と敬意の狭間で生きた
「戦況を読み、あらゆる状況から生き延びる奴」
―1人の傭兵
「この3つだ」
―私は『彼』を追っている
「あいつは――確かにエースだった」
そして、 『片羽』の言葉でこの物語の幕は上がる
「あれは、雪の降る寒い日だった」
2 Apr, 1995 Valais Air Base, USTIO
ウスティオ国内においても、北部地域は山岳地帯に囲まれ、大規模な戦力の展開は不可能な状態になっている。そんな場所に建設されているヴァレー空軍基地は、天然の要塞といってもいい体制を整えている。といっても、連合国の援助が無ければ風前の灯火であるのはかわりが無いのだが。俺は愛機をヴァレーの滑走路に降ろしながら現在の状況などに思考をめぐらせる。俺の愛機となっているのは、F-15C。俺のあだ名の由来にもなった事故で、右翼を失っても飛び続けて俺を基地に下ろしてくれた機体。そのときの機体はもう無いが、俺の機体は願掛けの意味を込めて、右翼が赤く染められている。俺は、赤い右の翼を眺めて、自然と呟いた。
「今回もよろしく頼むぜ」
ヴァレーの地面に降り立つ前から思っていたことだが、この基地の設備は、かなりいい部類に入る。充実した管制施設に、山肌を利用して作られている退避壕。周囲の山にはレーダーサイトが配備され、侵入してくる敵機をいち早く探知できる。まだ建設中のようだが、最終的にはハンガーと滑走路を直結させて、スクランブルにすぐに対応できるようにするつもりのようだ。これは、飛び立つ身のものとしてはかなり良い。スクランブルのような緊急事態では、1分1秒を争う事態になるからだ。
機体を誘導にしたがって止め、タラップから降りるとすぐに大声で名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「いよう、ピクシー!お前もこっちに参加したのか!?」
出た。別に幽霊が出たわけでもないのだが、俺はこいつのおしゃべりにはいつも閉口させられている。
「相変わらず、おしゃべりだな、ロックンローラー」
「俺が初めて来た基地で肩身の狭い思いをさせまいと、気を使ってやってるのに、つれないねぇ」
「だったら口を閉じてくれ、おしゃべり小僧め」
こいつは、本名はジョン・トラヴィス。だが、本名よりもあだ名を知っているやつのが圧倒的に多い為、いつもロックンローラーで呼ばれている。が、もう一つの不名誉なあだ名は、『おしゃべりジョン』なのだが、本人が気に入っているようで、あまり意味が無い。
「やれやれ、今日の妖精さんは機嫌が悪いらしい」
「誰の所為だと思ってる、誰の?」
「この間別れた基地のかわいこちゃんか?」
「いったい何の話だ!?」
相変わらず、こいつの口が閉まってくれたことは無い。だが、凄惨な戦場でこいつのおしゃべりはかなり救いになったことも事実だ。が、これ以上余計な事を話されては、俺の体面に関わる。いい加減止めようと思ったときに、耳をつんざくサイレンが聞こえてきた。
《警報!警報!各パイロットは、直ちにブリーフィングルームに集合!整備班は、全稼動機の整備を急げ!これは演習ではない!繰り返す、これは演習ではない!》
ジョンと顔を見合わせると、すぐに近くにいた整備兵にブリーフィングルームの場所を聞き出して、そこに向かって走り出す。周りのハンガーからも傭兵たちが走り出すなか、数人の正規兵の姿も見えた。そういえば、ここは正規兵も配属されてるんだったな。
「やれやれ、こりゃ、サイファーに会えるのもブリーフィング中かぁ?」
「なんで、そのこと知ってんだ?」
ブリーフィングルームのある建物に向かって駆けながら、ジョンのぼやきに答える。サイファーの名前を、わざわざ表に出したのか?だが、俺の依頼内容に対して、それは矛盾しているようだが…。
「俺様にどうしても教えたいって、綺麗所がいてなぁ…」
「知るかぁ!!」
結局、こいつのふざけているのかまじめなのかわからない返答に答えを見つけることなど不可能なのだろう。
[ブリーフィングルーム 4月2日 12時45分]
Briefing Room 1245hrs, 2 Apr
ラリーたちがブリーフィングルームにたどり着く頃には、この基地の傭兵はほとんどが集まっていたらしく、戦場での馴染みから声を掛けられることもあった。しばらく、ざわめいていた部屋に、おそらく指令官であるだろう男と、その副官であろう中年の男が現れる。
「傭兵諸君、到着したばかりの者にはすまないが、緊急出撃命令だ」
ふむ、口調は落ち着いているし、覇気も充分、それでいて冷静さを垣間見ることもできる。なかなか、手ごわそうな司令官だ。ウスティオがこの基地に傭兵を抑えられるだけの司令官を派遣するだけの余力はあったみたいだな。
多くの戦場において、傭兵というのは、まず自分と共に戦う仲間を見るが、それと同じぐらい上の人間も良く見ている。それで、もし駄目を押されてしまえば、その基地はあまり良い環境になるとは言いがたくなるわけだが、この基地を見る限りでは大丈夫そうだ。
「先程、ベルカ本国から進攻し、当基地を目標とした、大規模爆撃機編隊をレーダーが捉えた。敵はこの基地を強襲し、ウスティオ空軍の完全制圧、更に、ウスティオ全土の覇権を狙っている」
「完全制圧って言ったって、ウスティオにはこの基地と、後は山沿いの野戦基地みたいなものしかなかったはずだが?」
ジョンが相変わらず口をはさむ。この男はこういう事をなぜしたがるのだろうか?時々よくわからなくなる。
「その通りだが、我がヴァレー空軍基地がウスティオにとって最後の砦であることは変わりない。更に、この基地があるからこそ、ベルカはウスティオ政権を完全に手に入れることができないのだ」
やはりこの司令、かなりのやり手だな。ジョンの横槍に眉一つ動かさずに対応している。ジョンは肩をすくめて、了解の意思を見せる。俺が言うのもなんだがこの司令、たいした男だ。
「諸君らには、敵爆撃機編隊の迎撃に向かってもらう。作戦参加可能な機体は全機出動だ。必ず、この基地を守り抜け。そうでなければ、諸君らの報酬は、全面カットだ」
「おいおい!」
「そりゃないぜ!」
最後の言葉は凄みのある笑いを浮かべながら。傭兵たちから不満の声が上がるが、考えてみればその通りだ。事実上、この基地が無くなれば、ウスティオ政府は完全に崩壊するわけなのだからな。崩壊した政府に俺たちの報酬が払えるはずが無い。色々と野次が飛んでいるが、司令はまったく気にも留めていない。そうしていると、隣の副官が傭兵たちをさえぎって言葉を発する。
「なお、今回の作戦での撃破数はそのままボーナスに繋がりますので、皆さんせいぜい稼いで来てください」
「以上だ、諸君らの健闘に期待する」
締めくくり方も悪くない。しばらく固まっていた傭兵たちが我先にと自分の機体へと走り出す。この分なら、今回の仕事は上手く行きそうだ。
「さて、ピクシーは前の戦場で稼いできたから、ここは譲るんだよな?」
こいつさえいなければ。
しかし、サイファーらしい奴はいなかったが、奴は何処にいるんだ?
[ヴァレー空軍基地 4月2日 13時00分]
"Valais Air Base" 019°16'55"N 239°31'24"E 1300hrs. 02 Apr 1995
発進待機中は、凄まじいほどの声に囲まれていた。早く上げろ、というのがほとんどだが、僅かに交ざっている正規兵の連中には、ちょっとばかし刺激が強すぎるのだろうか、さっきハンガーの前で話しかけてきた正規兵の坊やは、一声も発していない。
「ガルム1、ガルム2、滑走路内に進入後、直ちに離陸せよ。後ろがつっかえてるんだ、急いでくれ」
「おらー、ピクシー!さっさと飛べー!」
後ろからジョンが煽ってくるが、ここは無視。それよりも、俺の意識は目の前にいる機体に注がれていた。全体的に黒、いや、濃い青で塗装されたF/A−18C。右の垂直尾翼に付けられた、ガルムのマークが所属を表している。
(こいつが、サイファー…)
空の傭兵にとっては、その名は特別の意味を持つ。暗号の意味を持つその名は、数々の武勲を上げてきた一人の傭兵にしか与えられていない。本名は知らないが、その腕前は聞いている。こいつが偽者で無いという確証は無いが、他人の名前にあやかりたがるのは、腕の悪い連中ばかりだ。そういった連中には、名を上げたがる連中に袋叩きにされるという運命が待っている。つまり、こいつが本物かどうかは、これからの空戦で判るということだ。滑走路に進入したサイファーの機体は、ブレーキを踏まずにそのままA/Bをつけて加速していく。
やれやれ、後ろで飛ぶやつはおかまいなしか?ため息をつきつつも、俺もA/Bで後を追う。二基のエンジンの強力な加速に押され、俺の愛機は空へ飛び立つ体勢を整える。速度120kts…130…150。150を超えたあたりで操縦管をゆっくりと引く。愛機が大空へと飛び立つ。
俺の機体は相変わらず好調。すぐにサイファーの後ろに近づく。その頃には、あたり一面が雪景色となった山々が見えてきた。更に、雪がその白い粒を降らせている。
「降ってきたな」
<<…>>
<<雪で墜落は勘弁だぜ>>
どうやら、サイファーは相当無口らしいな。かわりにジョンが答えてくれたが。
<<こちら基地指令の、オズワルドだ。全機上がったようだな>>
<<ベルカのやつらに、目に物見せてやれ。幸運を祈る>>
<<まかしとけ!たっぷりお見舞いしてやろうじゃないの!>>
他の傭兵たちからも歓声が上がるが、やはりサイファーのものは聞こえない。こんなに無口なやつだとは知らなかったぜ。何となく、これからのコミュニケーションが難しくなりそうで、頭が痛くなってくる。
<<こちら基地司令部、ガルム隊へ、そのままの進路を維持せよ>>
「こちらガルム2 、了解だ」
<<……>>
もはや、サイファーがいるということは考えない方がいいのだろうか?
<<方位315 ベルカ軍の爆撃機確認!>>
とはいえ、仕事はしなくちゃな。
「雪山でのベイルアウトだけはごめんだ。しっかり頼むぜサイファー。あんたがガルム1だ」
ようやく聞こえてきた声は、予想外、というより、場違いに聞こえた。
<<…こちらガルム1、了解…>>
ハスキーなアルトが無線機から聞こえると、しばらくの間静まり返る。が、すぐにまたうるさくなる。
<<おいおい!サイファーって女なのか!?>>
<<女の傭兵がいるなんて聞いてないぞ!>>
<<ピクシー!お前ポジション変われ!俺がガルムやるから!>>
最後のジョンの台詞は無視として、そろそろ忙しくなるぞ。いくらなんでも、これだけの人数からの質問を無視という訳には行かないだろ?サイファー。
<<騒ぐのは基地に帰ってからにしろ!各機、迎撃体制をとれ!敵さんがお出でなすったぞ>>
おっと、管制官は結構固い奴らしいな。おかげでサイファーの返答を聞きそびれたぜ。まあ、ああいうのはすぐにジョンの獲物…
<<俺様の恋路を邪魔するとはどんな奴だ!?そうか、お前ホモだな!それで俺がサイファーを追っかけてるのが気に食わないんだな!イヤー、俺様の魅力は老若男女ありとあらゆる……>>…もうなってたか。
ジョンの早口についていけなくなった管制官の言葉が少なくなってきた。おまけにホモのあだ名までもらうとは…。おっ、切り返して来た。でもやはりジョンの言葉にはついていけない。それでもかなり持ったほうだが。いい加減、前方の敵に集中しなくてはいけなくなる。そろそろおしゃべりも終わりにするか。
「俺たちの報酬はきっちり用意しておけよ。帰ったらたっぷりと使い込んでやるからな」
<<互いが無事であればだ、『片羽』。全員しっかり稼いでこいよ>>
「お財布握り締めて待ってろよ」
<<俺たちですぐに空にしてやっからよ!>>
しかし、面子をみるならば、一癖も二癖もある奴らが多いが、選定基準みたいなものはあったのだろうか?ジョンなどはそのいい例だ。
<<攻撃隊へ、敵爆撃機を全機撃墜せよ!基地に到達なんてさせるなよ>>
その台詞が聞こえる頃には、サイファーの速度が上がっていた。やっぱり、後ろの奴はおかまいなしなんだな。俺の機体も加速させて、敵編隊の斜め右から切り込む。
「サイファー、噂は聞いていたんだが、ずいぶん器用な奴だって?」
<<敵編隊と交戦します>>
返事が返ってきたと思ったらそれか?本当に、やれやれだ。こんなんで俺たちはやっていけるのだろか?だが、俺の仕事の一つに、作戦中はこいつの傍を離れない、というのがあるわけだしな。最初の一機目に近づいていくサイファーの後ろを見ながら、その仕事について考える。
と、ガルム1が機体を右に20度ほど捻った。
ミサイルか?いや、アラートがなっていない。なら機銃?だが、相手はまだ射程外。ミサイルの射程には近すぎる。何をするつもりだ?次の瞬間、俺はサイファーを見くびっていた事を思い知らされる。機銃の射程はまだ、FCSでの追尾もガンレティクルもおそらく出ていない状態で、サイファーは初弾から命中させていったのだ。20mmの機銃弾に真正面から打ち抜かれた敵機は、俺たちの正面で炎を噴いて墜ちていった。
「ガルム1が1機キル!すごい……」
自然とその言葉が口から出る。
(これは、本物かもしれないな)
そう思うのは、当然といえるだろう。誰でも、さっきの射撃術を見れば、そう思うはずだ。あんなことが出来るのは、経験や勘だけではないのだろう。ひょっとして、運が良かっただけか?その事を考えているうちに、爆撃機の最初の2機編隊が見えてきた。B―52。かなりの骨董品だが、今でも現役で使える戦略爆撃機だ。それが俺たちの獲物、ということか。
<<中距離ミサイル攻撃。左の1機はあなた>>
先程の評価は訂正。この女性は考えがあって行動している。ひょっとして策略家か?了解の意を伝え、兵装選択の中からパイロンに吊るしている中距離ミサイルのうちの1基を選択する。シーカーが作動して、すぐに敵機のマーカーと重なる。
「ロックオンした!発射準備良し」
<<ガルム1、FOX1>>
サイファーが発射すると同時に、こちらの機体からもミサイルを発射する。切り離されたミサイルはいったん下に降下して機体と充分な距離を取ると、目標に向かって一気に飛び出す。雪の空に白い二筋の雲ができる。敵機は必死の回避運動を取るが、戦闘機の運動性能に比べてあまりにも劣っている爆撃機にはそれは難しかった。程なくして、空中に火球が二つ出現して、すぐに消えていった。
<<敵爆撃機、2機の撃墜を確認。そのまま作戦を続行せよ>>
<<ひゅーえーぃ、ここは寒すぎるぜ。さっさと終わらせて、基地でホット・ワインでも飲みたいぜ>>
<<俺は断然、ラムだな。それ以外認めねーぞ>>
<<今日のエースのおごりで飲ませてもらおうじゃないか、朝まで飲み続けるぜ>>
「帰って酒が飲みたきゃあ、敵を落すんだな」
相変わらず、傭兵たちには緊張感というものが無い。頼もしいといえば頼もしいが、さっきの坊やは大丈夫か?周りに目をやると、案の定、傭兵たちに囲まれて肩身の狭い思いをしている坊やたちが見えてきた。あの坊やのことだ、一番最初に突っ込みたいんだが、他の奴のけん制で前に出るに出られないんだな。
(ちょっと気合を入れてやるか)
そう思って回線を開く。
「ガルム2からハウンド1へ。今日の戦果を全部持ってかれるぞ。意地ぐらい見せて見な、坊や」
<<いい加減にからかうのはやめてください!ハウンド隊へ、ウスティオ正規兵の実力を見せてやれ!>>
<<張り切りすぎて墜ちるなよ、坊や>>
結局からかわれて無線越しに口論してるよ。名誉の戦死、はしないだろうが、精神的に落ち込むということは無いだろう。さて、坊やのほうは大丈夫だが、こっちはどうなるかな。レーダーに目を移すと、爆撃機、護衛機を含めて、10機ほどの編隊の前に出ている事を示している。サイファーは、どうするのか?そう思っていると、向こうから無線が入る。
<<中距離ミサイル全弾発射。これからは格闘戦>>
やはり器用な奴、という噂は本当だ。今ここで俺たちが攻撃を行えば、敵編隊の足並みが乱れる。そこに到達するのは、後ろに控える傭兵たちの猛者、というわけか。後は格闘戦で敵を叩く。まったく、いい作戦だ。
「了解、全部撃ち込むぞ!」
<<またピクシーに全部持ってかれるのか?おい、ピクシー!俺達の分も残しとけ!>>
「おこぼれは出せない、自力で何とかしな」
ジョンの一言に返すのと同時に、ミサイルのロックを行うのも忘れない。俺の機体にミサイルは8基。うち4基が中距離用だ。さっき1つ使ったから、残りは3基。それはサイファーも変わらない。
「ガルム2、発射態勢」
<<FOX1>>
何で合図もなしに撃っちまうんだよ?こっちのミサイルがワンテンポ遅れて飛んでいくのを見ながら、そんな事を考える。
<<敵爆撃機1機が戦線を離脱中、やつらびびったか? >>
「ここまで来て、いまさら離脱?」
よく見ると俺たちが攻撃を仕掛けた編隊から爆撃機が一機、北に向かって離脱している。
《こちらオ…5、IFF不調、このままでは……支障が……。…離脱……》
ベルカの無線が混線している。なるほど、不調機と言う訳か。まあ、どっかの傭兵に落とされるのがオチだろうが。そう思っていると、俺たちの放ったミサイルが敵に殺到した。先ほどよりも多くの火球が出現する。……3…4。4機撃墜。戦果はまずまず。
さて、サイファーは……
いない
てっきり格闘戦に持ち込む為に敵編隊に飛び込んでると思ったのだが、さっきの敵の中にサイファーの反応が見えない。どこに行った?レーダーの表示を広域に切り替えると、ベルカの連中に今まさに殴り込みに行くウスティオの傭兵たちが見える。その北側に一機だけの反応が見えるが、それはさっきの不調機の獲物だろう。まてよ…その近くに友軍機の反応が見える。システムを呼び出して、IFFを照合させて出た結果は、
CIPHER
おいおい、格闘戦に持ち込むんじゃなかったのかよ……
《こちらオット5、ウスティオの傭兵に食いつかれた!誰か追い払ってくれ!》
《不調機を狙うとは、汚い傭兵め!全機、あの恥知らずを叩き落すぞ!》
しかも敵さんの注目浴びてるよ。サイファーのいる方向に3機が向かっている。本っ当に、やれやれだ。ため息をつきつつ機体を加速させる。
「おいサイファー!敵さんが集まってきてるぞ。そいつはいいから一旦退け。まだ他にも獲物はある」
回答なし。本当になんなんだ奴は?さっきの戦術は気まぐれだったのか?俺の警告も無視して、相変わらず敵機の周りを飛んでいるサイファーの機影が見える。敵さんのほうが先に到着。俺の機体も高推力に押され、あっという間にさっきの不調機に到着。だけど、サイファーがいない。何処に行ったんだ?こんな破天荒なやり方する奴だなんて聞いてないぞ。
《敵は何処にいる?おい、敵機は何処に消えた!?》
《さっきまでこっちの傍を散々飛んでいたのに…》
サイファーを見つけられないのは敵さんも同じ、まてよ……散々飛んでいた?サイファーの腕なら、近づく前に撃墜することもできたはず…。そう思った矢先に敵のF−5Eうちの1機が炎に包まれた。なんだ!?直後に、上から降ってくるように降下してきたのは、紺青のF/A−18C。なるほど、ようやくサイファーの戦法がわかったぜ。護衛機をひき付けるためにわざわざ爆撃機の周りを飛んでいたのか。護衛機が減った分、本隊の連中は仕事がしやすくなる。やはり、こいつは器用な奴だ。こんな奴だったら、背中を預けられるかもな。そう考えつつも、体は敵機の後ろを取ることを命じ続けている。敵機は機体を180度捻ると、パワーダイブ。一気に山間の谷間まで降下していく。サイファーは逆について行くように見せて、エアブレーキを開いている。高度は充分、敵は谷間にいる以上、いつか高度を上げてくる。そうしているうちに敵は山を回避する為に上昇、すぐさまサイファーがその上につく。サイファーが必死の回避運動を行う敵機にガンアタック。攻撃を喰らった敵機はキャノピーの部分を吹き飛ばされる。しばらく惰性で飛んでいたが、上を向いていたのが災いしてそのまま失速、落下。その間に、サイファーの後ろに付こうとするやつを撃墜することに成功。
<<奴らチェックメイトのつもりか?悪いが、お前らで撃墜数を増やしてやるぜ>>
<<たいした連中だ、さっきの攻撃からもう体勢を整えている。護衛機の奴らも仕事熱心だ>>
<<おい、護衛機を墜としてくれ。あれが邪魔で攻撃できない>>
「他のやつも仕事に取り掛かっている。俺たちは高みの見物か?サイファー」
返事のかわりにサイファーの機体がA/Bで加速。だろうな。じゃ、張り切っていくとしますか!サイファーと共に敵部隊の後ろから突入する。手始めに後ろにいた爆撃機2機を撃墜。これでもう残りの爆撃機は少ないはず。
《事前情報と違うぞ!こんなにできる奴が混ざってるなんて聞いてない!》
《編隊を崩すな!奴等は最後の足掻きだ》
《敵機が後ろについた!逃げろー!》
《気にするんじゃない!真っ直ぐ飛べばいいんだ!》
「敵さん、予想外の反撃にいらだち始めてる。ここらでフィニッシュと行こう」
<<了解…>>
しかし、なれてくるとサイファーの無口も気にはならないな。攻撃や大事なときには返事が返ってくるわけだし。
<<ピクシー!てめぇ、美人と一緒にデート気分か?俺に代われって言っただろう!?>>
こいつに比べたら、誰でもいいかもな?しかし、美人だとは限らないんじゃ…。そんな事を考えながら、爆撃機の生き残りに近づく。しだいに敵の機影が鮮明になってくる。なんだありゃ?機体そのものは、4発の爆撃機だが、垂直尾翼が4枚。しかも面白い配置の仕方をしている。おまけに……爆撃機の後部に張り出たとげのようなものがこちらを向く。機体を捻って位置を変えると、そのすぐ後を機銃の光が通り過ぎていく。
後部機銃つき。いったいいつの設計だ?
「こいつはいったいなんなんだ?今までに見たことも無いぞ」
この機体を見た奴なら誰でも思うはずだ。爆撃機の周囲は護衛機やら傭兵達の機体やらでごった返してる。あまりうろうろしてる必要は無いな。しかし、この爆撃機、可能性があるとすれば…
<<BM−335。ベルカが開発した戦略爆撃機。ペイロードは、約30t。>>
そう、ベルカの開発した……なんだって?
<<サイファー、知ってるのか?この不細工な奴>>
<<開戦当初の円卓で始めて確認。ウスティオは軍事基地、工場を中心に大打撃を受けた>>
なるほど、ベルカ印の爆撃機というわけか。だったら…
「ここいらで、借りを返しとかなきゃな、サイファー」
だが、その前に借りを返した奴がいるようだ。爆撃機の後ろについた青い塗装のF-20Aからミサイルが2基放たれ、爆撃機を撃墜した。
<<こちらハウンド1!爆撃機1機撃墜!>>
あの坊や、腕はしっかりしてる。だが、まだまだ動きが単調すぎるな。あれじゃ、いつか潰れちまう。誰か、あいつの指導をできるような奴がいればいいが。
<<メナスよりハウンド1。一機撃墜したからって御姉ちゃんを抱けるわけじゃないぜ。もっと敵を落としてきな>>
ジョンみたいな奴の影響を受けることは無いだろうな、あれじゃ。無線機で口論をし始めた二人の声を聞きながら、サイファーの機体のすぐ後ろにつける。
「さあ、残りは1機。サイファー俺たちで決めようぜ」
<<後ろから1発ずつ>>
サイファーも乗ってくれたみたいだ。鮮やかな旋回で爆撃機の後ろ側に回り込むとき、あいつの機体が雲を引いた。真後ろにたどり着いたが、まだ距離がある。ここから加速。一気に敵機に近づき、追い抜きざまにとどめを刺す、か。何も言わなくても明白な戦法をきちんとこなす。ミサイルを選択、シーカー作動と同時にロックオン。すぐに敵機の姿が大きくなってくる。通り過ぎる前にFOX2。二基のミサイルに両側から吹き飛ばされたベルカ印は、機体の尾翼部分が折れ、そのまま山肌に叩きつけられた。
「爆弾は大事に抱えたまま落ちてくれ。仕事がなくなるのは困るんだよ」
死に逝くベルカの兵士に一言かけ、ヴァレーの基地への進路を取ったサイファーの左後ろにつく。
<<基地司令部から攻撃隊へ、敵爆撃部隊の迎撃に成功。よくやった!>>
<<逃げ帰ったベルカの奴ら、どんな顔で上に戦禍報告するのか、見てみたいぜ。イェーイ!>>
ジョンの声を封切に無線はまたうるさくなる。管制官殿も今回は見逃していたが、ジョンのネタ振りは見逃してくれなかったようだ。またからかわれて反撃に転じている管制官の声が響く。
俺はサイファーのすぐ横まで出てから、回線を開いた。
「サイファー、お前とならこれからもうまくやっていけそうだ。よろしく頼む」
そう、あの雪の日が俺たちの始まりだ
「相棒」
最初の印象は・・・・・そうだな、筋は良かったな。
<<ミッションコンプリート。RTB(帰投します)>>
性格は別だが。
[ヴァレー空軍基地 4月2日 13時30分]
"Valais Air base" 020°04'08"N 239°31'24"E 1330hrs. 02 Apr 1995
<<ガルム隊、着陸を許可する>>
基地についた俺が見たのは、ガルム隊のハンガーの前にたむろしている傭兵たち。
なんだ?何をしてるんだ?
機体をハンガーの前で止めた俺は、ハーネスを外し、キャノピーを上げる。傭兵たちの一番前に陣取っているのはジョンのやつ。
「ピクシーばかり美人の相手をするのは不公平だからな。俺たちもお相手させてもらうぜ」
そりゃ言いがかりだ。第一、サイファーの奴が美人とは限らないだろうが。
心の中でため息をつきつつも、俺もサイファーの機体に目を向ける。やはり、これから相棒になる奴だし、何より今回の妙な依頼にも関わるしな。サイファーの機体が止まると同時にキャノピーが開く。下で待機していたさっき俺の機体にもタラップをかけていた整備兵がタラップをかけて登っていき、何かを話してる。確か、アルバートとか言ってたか。
しばらく話していたから、知り合いなのだろう。ようやく話が終わったらしく、アルバートが降りるとサイファーの奴も降りてきた。最初に目に付いたのは、燃えるような赤い髪。髪を後ろで束ねているので正確な長さはわからないが、おそらく肩より下までは届くだろう。体つきは、どちらかというと細めだろうか。よくあの体であれだけの機動に耐えられるもんだ、と感心してしまうほどだ。地面に足をつけ、振り向きざまに髪を束ねていたバンドを外すと、髪がゆっくりと下に降りる。
冗談じゃない、俺が見ただけでもかなりの美人だ。赤髪に黒目、それで美人となれば、当然周りの傭兵たちからも歓声が上がる。ジョンの野郎は・・・
「お嬢さん、わたしはあなたに会えた事を感謝します。このような場所で、あなたのようなすばらしい人に出会えるとは」
す、すばやい!いつの間にかサイファーの手を取りながら跪いているジョンの姿がそこにある。出遅れた奴らが後ろで騒いでいる。
「私のことは、ジョン、とお呼びください。よろしければ、あなたのお名前を。」
実に手早いが、サイファーはどんな反応をするのかな。俺だけでなく、傭兵連中も注目する中、サイファーが口を開いた。
「サイファー」
一瞬、時が止まった。ジョンの奴も苦笑気味に答えている。
「いえ、タックネームではなく本名を・・・」
「サイファーよ、それ以外でも、なんでもない」
そう言って話は終わりとでも言うように、ジョンの腕から逃れてハンガーの奥にあるドアに消えていった。しかし、なんとも冷たい返事だ。ジョンの奴が、大げさに落ち込んでみせる。
「おお、神よ。なぜわたしにこのような試練をお与えになられたのですか?」
女たらしも、相棒には勝てなかったか。しかし・・・
「どうかしたのか?ピクシー」
不満げな顔をしていたらしい。傭兵仲間の一人が声を掛けてきた。適当にその場をかわして、今日の戦果を報告に行く。
(しかし、サイファーの噂と、あの年齢じゃ、つり合わなさそうだが・・・・)
俺の疑惑は、数日中に答えをともなって返ってきた。
[ヴァレー空軍基地 19時30分]
"Varies Air Base" 1930hr. 2 Apr 1995
今日は、久々の勝利を祝ってちょっとした催し物が開かれているはずだった。祝勝会の会場だった基地の食堂が、開始5分と持たずに宴会会場になったのは、まぁ、当然と言えば当然だ。さらに、最初はビールの一気飲みで始まった宴会が、ベースボールの優勝チームのごとく、ビール掛けになったのは、予想外だったが。俺は戦場よりたちの悪くなった会場から逃げ出すことの出来た数少ない生き残りらしい。正規兵の坊やは、建物の外にも聞こえる悲鳴でどうなったのかはわかった。しかし、最初のほうはサイファーの姿が見えたが、いつの間に居なくなってしまったのだろうか。途中でジョンの奴が絡み付いてきたから、誰かに捕まったというわけではなさそうだし。そう思いつつ、アルコールで熱くなった体を冷やそうと滑走路脇を歩いていたときだ。建設途中だと言う滑走路の端に向かって、降り積もった雪の上に足跡が見える。
(この寒いのにご苦労様だ)
どうせ、ランニングか何かだろうと思ったが、自分の足でその跡を踏んでみて気がついた。小さいのだ。あまりにも。ひょっとしてサイファーか、と思って、俺はその足跡を追ってみた。
足跡は、滑走路を支える支柱の下で途切れていた。しばらく周りを探してみたが、サイファーの姿は見えない。
俺の思い過ごしだったか…
「何か用?」
頭上から響いた声に驚いて顔を上げる。サイファーは、支柱に備え付けられている作業スペースに腰を掛けて、こちらを見ていた。
「いや、こっちに誰かいるのかと思ってな」
「そう」
最初のときと変わらず、口数は少ない。無視された奴もいるそうだから、まだましか?しかし……気まずい…。何しろ、あのジョンを一撃で撃破した人物だ。それに、何か話があってこっちに来たわけではない。あるとすれば、俺の依頼についてだが…それは話題としてちょっとまずい。
戦闘中はこちらが話しかけたことには答えてくれたが、それは自分のことも関わっていたからだろうか。それとも、俺が僚機だからか。気まずい空気のまま、しばらくお互いにその場にたたずむ。俺は、ポケットに入れてあったタバコに火をつけ、サイファーは、おそらく俺が来る前からそうしていたのだろう、滑走路の先に見える誘導灯の明かりを見つめる。辺りは、雪の所為で明るく、サイファーの横顔がはっきりと見える。
(やっぱり、かなりの美人だよな)
本人は気づいているかは知らないが、傭兵たちの噂話だけでなく、彼女はかなりの美人だ。赤い髪は、陽が当たると燃えるように輝いていたが、雪に照らされた彼女の髪は神秘的な美しさを持っている。ずっと見つめていたのだろうか、ふと気がつくと、煙草の火が指のすぐそばまで近づいている。舌打ちしつつ、もう1本タバコに火をつけようとタバコの箱を取り出そうとするが、さっきのが最後の1本だった。再び舌打ちし、そろそろ部屋に戻ろうと思って足を動かす。
「降って来たわね」
その声につられて空を見ると、空か白い雪が再び降り始めていた。雲もかなり厚くなっている。
こりゃ、大雪になるかな…?
そう思って、サイファーに声を掛けようと振り返ると見えたのは、
黒い瞳
それが間近まで近づいたサイファーだと気づくのに少し時間がかかった。
「風邪、引くわ。先帰る」
そのまま、すたすたと歩いていってしまった。
(本当に何なんだ、あいつ。まったく行動パターンが読めない)
しばらくそこで立っていたが、さすがに冷えてきたので俺も一番近い建物に向かう。その途中で、どの建物にも入らずに、歩いているサイファ−の後姿が見えた。寒さも関係なしに歩くその後ろ姿に、届くことのない声を掛ける。
「これからもよろしくたむぜ、相棒」
俺の声は、降り積もる雪の中へ消えて行った。
二つの軌跡が交錯し、新たな空へと飛び立つ。
Mission2へ
小説置き場へ