[ヴァレー空軍基地北東 4月20日 10時20分]
"Northeast Valais Air Base" 1020hrs. 20 Apr 1995
(まったく、何で俺があんなところに行かなければならないんだ・・・・)
俺は、何度目になるか分からない文句を、上司のノルベール・ターナーに心の中でつく。今ごろ、ターナー部長は、デスクで編集員たちにげきを飛ばしていることだろう。そもそも、ウスティオの首都、ディレクタスが落とされて以来、我がスカイキッド社が、ウスティオにおいての全出版業を請け負っている、なんて大見栄張るから、こんなことになるんだよ。元々、地方の下請け出版社じゃないか、うちの会社は。
彼、ランディ・ウォルコットは、現在乗りたくもなくなる爆音を放つUH−60ブラックホークの中で、荷物と一緒に揺られていた。エンジンの真下にいるわけだから、イヤープロテクターをつけていなかったらあまり耳が聞こえなくなる轟音が常に響いているわけであり、更に彼は運送する荷物の一角にスペースを作って、文字通り運搬されているわけだから、文句の一つもつきたくなるものだ。
<<大丈夫かい!?ブンヤさん?>>
ヘリのパイロットの、初老に入ろうかという男が声を掛けてくる。それに気の無い返事でこたえると、豪快に笑われてしまった。
<<これぐらいでへばってたら、ヴァレーに着いたら体が持たないぜ!>>
(何でもいいから、この劣悪なる環境下から解放してくれ・・・)
そんな事を思っても、ヘリは山間部の谷間を飛行しているわけだから、風に煽られてしまい、揺れない飛行をするというわけではない。更に、強風の所為だろうか、ヘリが大きく揺れ、ランディは荷物の間に足を挟まれてしまった。
<<おっと!今日は風邪が穏やかなほうだな。酷いときは、こんなヘリじゃここまでは来れないぜ!>>
また豪快な笑いで無線機を満たしているパイロット。
(いい加減にしてくれー!)
そうは言っても、ヴァレーまで後20分はある。彼、スカイキッド社特派員ランディ・ウォルコットは、それまでこのヘリに揺られ続けることになるだろう。
[ヴァレー空軍基地ブリーフィングルーム 4月20日 11時30分]
"Valais Air Base, Briefing Room" 019°16'55"N 239°31'24"E 1130hrs. 20 Apr 1995
数分前、俺たちガルム隊に呼び出しが掛かった。ジョンの冷やかしや、シンキチの言葉、他の傭兵連中に見送られて、ブリーフィングルームに来てみると、難しい顔をしたオズワルド司令と、副司令の、ルドルフ・モレ中佐。ブリーフィングルームには、俺と相棒以外誰もいない。席に着くよう言われたので、相棒と離れすぎず、近すぎない席に座る。やはり、この間の話を聞いても、いきなり近づいていくわけには行かなかった。司令はそのことに何も言わない。ブリーフィングルームの証明が落とされ、スクリーンに映写機を使ってウスティオ全土の地図が映し出される。司令がいつものように話し出す。
「作戦本部からの緊急特別指令により、諸君らガルム隊には、国境付近の強行偵察に向かってもらうことになった。偵察場所は、ここだ」
映し出された地図が拡大され、ウスティオとベルカの国境北部の地域が映し出される。ここは…。
「円卓……」
相棒の表情が変わった。今まで、驚かそうとしたジョンの奴ですら四散させてきたサイファーが、動揺したような顔を浮かべている。
「どうかしたのか?」
「いえ、なんでもない」
俺が尋ねてみると、すぐにいつもの表情に戻ってしまった。
(やれやれ、これは本当に重症みたいだな)
円卓と聞いただけでこれだ。もし、サイファーや、父親の眠る場所の上空を飛んでみようものなら、どんなことになるやら…。
「話を続けてもいいかね?」
こちらの事を見ているモレ中佐の眉間に、少し皺が寄っている。俺は続けるように言ってから、再び正面のスクリーンを注視する。満足したようにうなずいた中佐の後を、司令が引き継ぐ。
「B7Rと呼ばれるこの国境空域は、開戦初期から現在に至るまで、ベルカの強固な制空権下にある。作戦空域内には敵の強力な航空部隊が配備されており、強度の磁場による電波障害も確認されている。戦闘には非常に困難な場所ということだ」
「そんなところにめんどくさい場所に俺たちを派遣して、何になるってんだ?」
冗談じゃない。そんなところに小隊規模で突っ込んでいったって、返り討ちにあうだけだぞ。
「私にもわからん。だが、連合国作戦司令部からのトップダウンだ」
何を考えてやがんだ、連合国の参謀どもは…。心の中でそいつらにつばを吐きかけながら、話の続きを聞く。
「膨大な地下資源が眠るこのB7Rにおいて、古の時代より、多くの血が流されてきた。だが、私は君たちをこんなところで失うつもりは無い」
モレ中佐が、あまりいい気分じゃない、とでも言うようにそっぽを向いた。なるほど、あの人は俺たちのサイファーのことは反対してるんだな。少し、注意したほうが良いかもな。
「敵航空戦力とのコンタクトを認めた際の交戦は許可する。生き残ることだけを考えろ。ひょっとしたら、諸君らの実力を試したいだけかも知れんな」
「願い下げだ。ただであそこまで行くわけじゃないんだからな。燃料代は、司令部持ちか?」
最後のほうは司令部への文句を含めた司令に、俺も皮肉を込めて返した。
だが、俺はいやな予感がしていた。それは、現実のものとなる。
[ヴァレー空軍基地 4月17日 10時53分]
"Valais Air Base" 019°16'55"N 239°31'24"E 1053hrs. 17 Apr 1995
結局、風が強すぎたために、いったん戻って安全なルートを探しているうちに時間が経ってしまい、到着は10分遅れだった。当然、その分ヘリに揺られた時間も増したわけで、とうとう酔ってしまったランディは、ふらつく足を励まして、ようやくヘリパッドから建物のある区域まで来ることが出来た。とりあえず、建物の壁に寄りかかって、胃を落ち着かせる。
(まったく、こんなところまで取材に来たって、大したものは何も無いだろうに)
もはや、デスクのターナー部長に文句を言っても仕方の無いところまで来ているが、それでも文句が出てくる分、酔いは収まってきたな。そう思って、取材道具のカメラと冬のボーナスで買ったワープロを携えて、とりあえず司令官の部屋を聞こうと持って回りを見渡してみるが、誰もいない。そういえば、荷物を下ろしている基地の要員たちも、自分のことにはあまり気を止めなかったな。ヘリのパイロットはあの豪快な笑いで背中をさすってくれたが…。改めて、自分がいる場所を見渡してみる。
ここが、傭兵たちの巣窟、ヴァレー空軍基地。ウスティオ北部防衛の最後の拠点。確かに、今までに取材したことのある空軍の基地とは、雰囲気が違ってみえる。今いるのは、管制塔のある建物、そう遠くないところにハンガーがあり、ハンガーの前では――あれはF/A−18Cだろうか――黒っぽい青に塗装された機体が、整備機材の前に駐機されている。整備員がいるところを見ると、整備の途中だろうか?
しばらくその風景を眺めていると、すぐそばをパイロットスーツを着た人が通り過ぎて行った。
「あっ、すみません!」
その後姿に声を掛ける。髪は、燃えるような赤い髪が肩まで伸びていて、体つきはどちらかと細いほうだから、女性パイロットだろうか?つい、持ってきたカメラでその人を狙ってみる。ファインダー越しに、その人が振り返る。
一瞬、シャッターを切ることも忘れて、その美しさに見入ってしまった。それほどに、その女性は美しかった。せいぜい25年しか生きていない、俺の人生の中でも飛びっきりの美人だ。きりっとした顔立ち、鋭さを持ったきれいな瞳、肩まで伸びている赤髪。もはや、カメラを構えるのもおごそかに、その人に見入ってしまう。まるで、どこかの有名な画家の描いた、肖像画のようだ…
「なに?」
美しい肖像画だったその人が、口を開いて俺の時間がようやく動き出した。
「…っえ…あ、あの…こ、ここの司令官の部屋がどこにあるか教えてくれますか?」
(何やってんだ!ドジ!)
我ながら、どもってしまった自分を恥じる。だが、以外にも彼女は何も変化なしに、最初のときと同じ口調、同じ表情で返してきた。
「この建物の2階。行けば判る」
そう言って、話は終わりとすたすたとさっきの機体に向かって行ってしまう。俺は、その後姿を見つめるしかなかったが、ふと気がついて自分の荷物を担ぎ上げて、彼女に教えられた場所へと向かう。
(あんな美人がパイロットなんて、世の中わからないもんだな)
彼女への取材、それを頭の中の取材メモに書き込みながら。
[司令執務室 11時00分]
"Commander's Room" 1100hrs. 20 Apr 1995
俺は、基地司令の部屋に出頭した。取材パスを手に入れるためだ。ウスティオ空軍の書類は既に通っているが、この司令―大佐だったか―の、署名の入った許可証が無ければ、ねじ一本撮影や取材することは許されない。
「ランディ・ウォルコット、でいいのかね?」
「はい、そうです」
司令のフォックス大佐は、どちらかと言えば落ち着いた雰囲気のある人だ。執務室もその人の雰囲気そのままに落ち着いている。本棚と机、窓側には写真たて。
「この基地を取材するのは聞いていたが、君のような若者が来るとはな」
そりゃそうだ。自分だってこんなところに一人で派遣されるとは思っていなかった。最低でも、カメラマンぐらいは同行するかと思ったのに、自分ひとりで写真撮影、記事の編集まで行わなければならないなんて。まったく、地方会社が無理することはないってのに。でも、それを表には出さない、営業スマイルで答える。
「若輩者ですが、いつも努力しています」
「ふむ、ならばその努力を怠らないように。ここにいる傭兵たちは、人癖もふた癖もある連中ばかりだ」
それは、あまり良い感じではなさそうだが、そういった人間たちと交流が一度あれば、この基地の取材も一気にしやすくなる。にこやかに挨拶を交わして、取材パスを入れたカード入れを首から提げる。
「取材期間は一ヶ月、軍事機密に関わる可能性もあるので検閲を行うこともある。それから、君の部屋については、彼に案内させる」
大佐が後ろを指すので、後ろを振り返ると、私と大して歳も変わらないだろうパイロットの緑のつなぎを着た男が立っていた。
「紹介しよう、今度再編されるフェンリル隊を率いる、トール・W・ファウス君だ。君の宿舎も彼らの部隊と同じ場所になる」
「よろしくっす、トール・W・ファウスっす」
そう言って、握手を求めてくるので、こちらも握手を返して挨拶する。
「これから、お世話になります。スカイキッド社の、ランディ・ウォルコットです」
ニカっと笑ったファウスは、俺の手を必要以上に上下する。
「まかしといてくださいっす!俺がこの基地をしっかり案内するっすから!」
なんだか、好意的に受け止められたようで、とりあえず他の人たちとの架け橋にはなってくれるかな。何しろ、こっちは傭兵に会うのは初めてなんだから。
「では、後でここの人間に紹介する為に呼ぶことになると思う。そのときまでゆっくりしててくれ」
「はい、ご配慮に感謝します、フォックス大佐」
「オズワルドで良い。ここではそれで通している」
司令と再び握手を交わす。親切そうな顔立ちだが、どこかに凄みがある。そうでなければ、傭兵部隊の司令官なんてやってられないだろうな。
「では、この人のことは、承りました」
トールさん(階級を聞いてないので)が、大佐に敬礼をしてから、先に部屋の扉を出て行った。
「ああ、そうだ」
荷物を担いで、その後を追おうとしたときに、大佐が思い出したように呟いた。なんだ、まだ何かあったのか?
「赤髪の女性パイロットへの取材は、諦めるんだな」
さっきの美人への?それはどういう意味なのだろうか。大佐は答えることは無く、ただ微笑が返るのみ。外でトールさんが呼んでいるので、俺はそのときは深く考えなかった。だから、あれほどのものだと知ったときには、驚いたものだ。
[ベルカ絶対防衛戦略空域 B7R 4月20日 11時20分]
"Belkan Priority One Strategic Airspace, B7R" 022°53'37"N 234°19'32"E 1120hrs. 20 April 1995
ベルカ絶対防衛戦略空域、B7R。― 通称 『円卓』
俺達戦闘機乗りに与えられた、最も高貴で、血なまぐさい舞台
そこには上座も下座もなく、条件は皆同じ。所属も階級も関係なし。
制空権を巡って、各国のエースが飛び交う激戦区
―『生き残れ』― それが唯一の交戦規定だとさえ言われていた
<<ガルム隊へ、空域B7Rに侵入、周辺空域の敵情を探れ>>
<<ガルム2了解。俺たちなら出来る、任務と場所だって言いたいんだろう?>>
無線機から聞こえてくる声。AWACSの管制官と、私の僚機、ラリー・フォルク。あの人は、この任務に不満がるのだろうか?戦力は圧倒的に、敵のほうが有利。こちらは、対空装備をフルに装備しているが、それでも対応できる数は限られている。そんな状況で、敵にとっては神聖な空域とも言えるB7Rに突入する。常人なら、気が狂ったと思われてもおかしい。なのに、どうして平然と任務を受けられるのだろうか?私には、理解できない。ただでさえ私は、あの悪夢が瞳に映し出されそうで、気が立っているというのに…。
<<レーダーに敵性反応あり。警戒せよ>>
AWACSからの警告。もうすぐ敵機が近づいてくる。
<<くそっ>>
フォルクが、舌打ちをしている。やはり、あまり気が乗っていなかったのね。それに対して私は、なんともいえない高揚感に包まれた。これで、あの悪夢からしばらく解放される。そう考えると、敵機を落としたくて仕方が無くなる。
《IF…障か?敵……応は2つ…だけだぞ?》
《円卓を知らないのか?バカなやつらめ》
敵機の無線が混線している。どうやら、こっちの数の少なさに驚くと同時に、呆れてもいるようだ。私は、A/Bを使って一気に機体を加速させ、敵機の真正面へと向かう。
<<ガルム隊、交戦を開始せよ>>
<<ガルム1へ、生き残って基地に帰るぞ!>>
当然。そうしなければ、私の復讐も果たせない。
真正面に見える鉄器との距離が詰まる。レーダーを見る限り、数は2機。左すぐ後ろに僚機がいる事を確認した私は、右の敵機に照準を合わせる。レーザー照射による距離測定、1200。まだ遠い。900、HUDのマーカーの向こうに黒い点が見えるようになる。750、機体を20°バンク。ほんの少し機体が右にずれるのを、ラダーとスティック操作で直線に戻し、ガンアタック。父から教わった、射撃法。機体が傾くことで、攻撃後の回避運動が敵機に読まれにくくなる。だが、私は更に改良を加え、機銃の使用距離よりも遠くから攻撃する方法を編み出した。フットペダルを強く押し、敵機の僅か上を狙い打つ。通常よりも早い攻撃に敵機が炎に包まれる。左の敵機は、フォルクが落とした。そのまま、円卓の中央へと進路をとる。
《2機落としたか。度胸は認めてやろう、だがここはベルカのものだ》
《機体の性能確認でも、させてくれるのか?》
2機を撃墜されただけでは、敵は堪えない。更に接近する敵機、北と西、両方に2機ずつ。
「西のほうへ。私は北」
フォルクに簡単に指示を出して、私は北へと向かう。再び敵機正面へ。敵機、接近する前にブレイク。こちらを左右から挟みこむ形へ。
《確実に追い込んで、仕留めろ》
私は、その真ん中へ。A/Bで一気に加速し、敵機が左右から挟みこむ形でガンアタック。バレルロールをしながらそのど真ん中を突っ切る。敵機、こちらを追尾しようと一旦合流。その間に、一気にインメルマンターンで集まった敵機に突っ込む。1機をガンアタックで撃墜。炎に包まれた敵機と、生き延びた敵機が轟音とともに通り過ぎる。生き延びた敵機、後方に付くためにハイヨーヨー。上空へと上り始める。こちらは、逆に低空へ降り、速度を稼ぐ。敵機と高度差約500ですれ違う。次の瞬間にハイGをかけてインメルマンターン。敵機がこちらを追尾する為に下へと機首を下げる瞬間を狙う。敵機が機首下げ、こちらのレティクルの先を敵機の予想進路に入れる。タイミングを見計らって、ガンを数秒発射。降下していく敵機のエンジンから炎があふれ、キャノピーが飛んでパイロットシートが飛び出し、空に白いパラシュートの花が開く。フォルクのほうも敵機は落としたみたいだ。更に多くの敵機が集まりだしてきている。円卓の山脈の上空を、包むように敵機が集合している。
<<どうするんだ?このままじゃ、円卓にも入れないで敵機に追われることになるぞ>>
敵機の数は、約10機。確かに、このまま突入しても包囲されて、各個撃破されてしまう。仕方ない、ミサイルの使用は不測の事態のために温存しておきたいが……。
「中距離ミサイル攻撃、発射弾数3発」
兵装システムから中距離ミサイルを選択、シーカー作動。正面の編隊のうち、3機をランダムに選び出してロックする。
<<ロックしたぞ!>>
「ガルム1、FOX3」
軽い振動と共に、機体の下からミサイルが放たれる。フォルクの機体からも、3つの白煙が飛んでいく。
「一気に突っ切ります」
<<円卓の鳥だぞ、油断するな!>>
A/Bで加速して、敵のど真ん中に突っ込む。フォルクの機体も、あんな事を言いながらもしかっり付いてくる。私は、生き延びることが出来ればそれでいい。円卓に入った事実さえあれば、後は撤退すればいいだけだ。そのためなら、あなたの命もいとわない…。ミサイルはすぐに見えなくなるまで飛んで行き、敵機のいる空間に火球が出現する。一つ…二つ………五つ。これで、敵の編隊は混乱する。私たちは、その真ん中へと飛び込んでいく。
《撃墜しろ!ここの制空権を渡すわけにはいかん!》
《ドルセル3、右に旋回!》
《被弾した機は、すぐに後方へ退避しろ!》
《敵はどこに行った?見えるか?》
敵はこちらの動きに対して組織的な対応が出来ずに、私たちは円卓の空へと到着した。
<<ガルム隊、空域B7Rへ侵入!>>
<<目の前の山脈が、円卓…聞きしに勝る凶悪さだ。レーダーの効きが悪い>>
円卓。かつて、開戦直後までは、私や父の部隊が守っていた空域。今では、そこはベルカの空になっている。警告音が考えを中止させる。AWACSからの無線だ。
<<警告!エリアB7Rに高速で接近する機影、新たに捕捉!>>
<<ガルム2から1へ、こいつらが本当のベルカの鳥だ!気を抜くな!>>
その言葉が引き金となって、私の記憶の中にある、あの風景が浮かび上がる。
《《ストラブルグ基地より、フラミンゴ隊へ!ベルカの黒い鳥がそっちに向かったぞ!注意しろ!》》
うるさい、黙って。敵機を……あいつらを、叩き落させて…。また、あの悪夢が、よみがえりそう…。
ROT
Belkan Air Force 2nd Air Division 52nd Tactical Fighter SQ
《ロト1より各機、円卓に迷い込んだ野犬狩りだ。全機落とすぞ!》
《了解です、フレイジャー隊長!》
デトレフ・フレイジャー少佐。ベルカ空軍の華。ハインツ・フレイジャーを父に持つ、端麗な容姿の『紅きツバメ』。その誇り高い戦いを、円卓の空で繰り広げ、トップエースへと伸し上がってきた。今回は、その相手にガルムが選ばれた。
<<ガルム隊、現状では撤退は許可できない。迎撃せよ>>
<<だろうな、報酬上乗せで頼むぜ>>
増援が近づいた為に、前後で挟まれる形になった。そんなときでも、フォルクの口調に変化は無い。私は、むしろこの状況を楽しんでいた。数多くの敵機がいる分、私が苦しみから解放される時間も多くなる。その分、苦しみが辛くなっていくが、今は戦争中だ。いくらでも敵はいる。
考えながら、敵機の正面へと向かう。
《先発隊は後ろに下がれ。ロト隊の邪魔をするな》
《金にたかる、ハイエナどもめ》
<<ここは円卓、死人に口なし、だ>>
敵の隊長らしき男の声が聞こえる。律儀にフォルクがそれに返している。
(別に返す必要も無い。ただ、敵を殺すだけ)
私は、正面の敵部隊に照準を合わせた。敵は、4機編隊のフォーメーションを崩さず、そのままでこちらに向かってくる。相当な、手練のようだ。こちらも、逃げたりしないで正面から受けて立つ。ミサイルアラート。長距離ミサイルが発射された。そのまま直進、タイミングよく、バレルロールして、回避。敵機との距離が狭まる。
距離、800。少し早いが、手練にはこれくらいがいいでしょ。機体をロールさせ、機銃を発射する。通り過ぎた敵機のうち、1機が薄い煙を吹くが、撃墜には至らなかったようだ。
《被弾しました!しかし、まだ戦えます!》
《ロト3は、ロト2の援護に回れ。ロト4は、私について来い》
被弾した味方への配慮も忘れずに、敵の隊長機がこちらに向かってくる。敵の機体は、タイフーン。
<<奴らタイフーン乗り……あの塗装、紅いツバメか?>>
その名は聞いたことがある。ディトレフ・フレイジャー。ベルカ空軍の広告塔として、多くの航空雑誌にも登場している。確か、撃墜数では、デミトリ・ハインリッヒに並ぶ戦果を上げていたはず…。
それだけの腕前を持っているのなら、私を解放してみなさい。この苦しみから。
敵機を誘う為に、バンクを振ってから地上へと一気に降下していく。敵機、こちらの思惑通りに低空へと追尾してくる。目の前に、円卓の山が迫るように近づいてくる。スティックを引き、低空で引き起こし、谷間を抜けていく。
《ただの傭兵だ。我々とは違う生き物だ》
《B7Rから生きては返さない!》
後方の敵機のものだろうか、さっきから無線が混線している。敵機の内、1機はこちらの動きをトレースするかのように飛んでいるが、もう一機は少し上空から上を抑えている。
(多分、下が隊長機。なら、狙うのは、上!)
一気にスナップアップさせ、上の敵機がこちらに近づくのを待つ。こちらは、垂直上昇中。敵機が直進してくるので、こちらからは上から降ってくるように見える。敵機が更に近づく。そろそろ、姿勢を変更しないと。少し、敵機側に機体を傾かせる。速度は、340kts。
《ロト4、FOX2!》
敵機から、赤外線誘導のミサイルが放たれる。フレアを放出、機体をヴァーティカル・リバースさせ、敵機のいる側に機首が下がる。敵ミサイルは、フレアに騙されてあっけなく通り過ぎていった。今度は、こっち。A/Bで速度を稼ぎつつ、正面の敵機にガンアタック。敵機からも機銃が発射されるが、ミサイルをかわされた後で、照準がつききっていない。すぐに敵が火を噴いて落ちていく。
《ロト4、脱出しろ!》
《イジェクト不能!?脱出できませんっ!》
敵は脱出できなくなったようだ。そのまま、円卓の山脈に向かって墜ちてゆく。
《隊長おぉぉぉ・・・・!!》
《おのれ…お遊びはここまでだ、お前を炎の中に叩き落してやる》
隊長機がこちらにミサイルを発射しながら猛然と向かってくる。もう一度、フレアで回避して、もう一つの敵編隊を探す。どうやら、傷ついた機体で長距離攻撃を仕掛けてきているようだ。1機を相手にしているフォルクが、追い回されている。そのすぐそばを、長距離ミサイルの白煙が通り過ぎていく。面倒だが、ここであの人が落とされると私が危なくなる。機体を反転させ、フォルクの機体を追い回している敵機に向かう。
《逃げるのか?傭兵!》
後ろにいる隊長機が騒いでいるが、気にしない。兵装選択、赤外線誘導ミサイル。こちらの意図に気がついたのか、フォルクの機体の動きが、直線的になった。しばらく待っていると、敵機がこちらに後ろを見せる。ロックオン、発射。3秒後にもう一発。
《ロト3、ミサイル!ミサイル!》
《か、かわせない!?》
敵機は火球へと変わった。危機を脱したフォルクがこちらの近くまで来る。
<<助かったぜ、相棒!奴らしつこくてな>>
「隊長機を二人で仕留めます」
私の後ろについてきた隊長機からレーダー照射。同時にアラートがなる。すぐに回避運動に移って、ミサイルを回避する。
《貴様らで、この円卓では8機目だ。部下たちの敵、取らせてもらう!》
今度は近距離からガンアタックを仕掛けてきた。ロールして、敵機を後ろに回す。敵機は、こちらを追尾して離れてくれない。フォルクのほうは、その後ろに付こうとしているが、なかなか有効なポジションに付けない。敵機からのガンアタック、急降下してかわす。エアブレーキオン、スロットルアイドル。降下しつつも、速度は上げない。敵機、後方に接近、再びガンアタック。垂直ハイGバレルロールを使って、敵機をオーバーシュートさせる。前方に出た敵機にガンアタック、発射された20mm機関砲弾が主翼の一部分を吹き飛ばす。
《被弾した!?傭兵風情に、負けるものか!》
だが、さすがに隊長機なだけはある。すぐに体勢を立て直して、こちらからの追撃をかわす。だが、体勢を立て直した先に、フォルクの機体があった。放たれたミサイルを必死に回避しようとするが、近距離で炸裂した爆風によって、ついに機体に火がついた。
《私が、負けたと言うのか…たかだか傭兵風情に……くそっ!》
しばらく惰性で飛行していた敵機のキャノピーが飛び、パイロットが空に打ち出された。これで、残るはあと1機。
《隊長!やられたのか!?はっ!まさか俺一人!?え、援軍を!》
<<こいつらも、これで終わりだ。相棒、俺がもらうぜ>>
好きにしなさい。もう、私には関係ない。結局、赤いツバメもたいしたことは無い。私を解放してくれなかった。やはり、敵を殺しつづけるしかないのだろうか……。
しばらく、円卓の空に飛行機雲が絵を描く。残酷な、空の妖精がその鎌を下ろすと、空に火球が出現し、レーダーから敵の反応が消える。
《ロト隊が撃破されただと!?フレイジャー少佐はどうなった!?》
《わ、わかりません!救難信号が上手く受信できません》
<<ベルカ軍の増援全機撃墜を確認。任務も終わりだ、帰投せよ>>
これで、今回の任務は終了、RTB。残燃料から考えて、基地へともどる途中で給油しなければならないだろうか。生き残りの敵機は、予想以上の損害に撤退していった。
<<やったな!エース部隊を撃墜!大金星だ!>>
無線でフォルクが騒いでいるが、無視してシートに背中を預ける。
(なんだか、今日は疲れた。あの夢を見ることも無く、眠りに尽きたい)
そう思っていると、AWACSから通信があった。
<<待て、連合国作戦司令部から入電>>
<<何?いまさらまた突っ込めって訳じゃないだろうな?>>
次の言葉が、連合国の上層部から見た傭兵の立場を表していた。
<<『連合軍海上部隊は進軍を開始、貴隊の活躍に感謝する』 >>
私たちが交戦したのを聞いてから進軍したわけでは無い。それならば、今通信が入るはずがない。ならば…
<<なるほど、俺たちは捨て駒だった、って訳か>>
捨て駒。私たちが、B7Rに突入し、ベルカ軍の意識をそちらに向ける。それだけの為に、わざわざ私たちを名指しで指名してきた。傭兵部隊ならば、損害が出ても問題は無い。金で雇った強力な戦力だから。だが、怒りは沸かない。私はまだ生きているし、ベルカの戦闘機は叩き落した。気分がいいわけではないが。
<<よう相棒、まだ生きてるか?>>
生きてるか?私は、その質問に返す言葉を持っていない。生きる。それは、目的を持ってその時を過ごすという事。私の目的は、どちらかと言えば死者の目的。そんな私が生きていると言えるのだろうか?円卓の空で散った、父に向かって答えの無い質問を投げかける。
「私は、生きていると言えるの?」
無線機でも、フォルクが黙ってしまった。そのまま、私たちの機体は円卓の空を飛ぶ。
(でもいつか、答えが見つかる。私が、それまで生きていれば…)
円卓の空に、2機の鳥が飛ぶ。
[ヴァレー空軍基地食堂 12時00分]
"Valais Air Base Cafeteria" 1200hrs, 20 Apr 1995
ここは、食堂。今の時間、昼食をとる基地の職員や傭兵たちでごった返しているこの場所は、今は別の理由で混雑していた。食堂にある厨房のカウンターの近くには、オズワルド大佐と俺、そして、なんとあの赤髪の女性が立っていた。食堂の椅子は、既に満席。壁に寄りかかっている人たちや、入りきれていない人までいた。
「諸君らの活躍には、数多くのウスティオ軍将兵が助けられた。そのことは感謝している」
大佐の言葉で説明会とやらが始まる。この食堂には、トールさんと一緒に来たが、実に面白い人だった。ともかく、笑わせる。人を笑わせることに関しては、天才的とも言える。何でそんなに人を笑わすのか聞いてみると、それが生きがいだ、との事。まあ、ここにいる人たちに嫌われているわけではなさそうなのではあるが、落ち着いて取材が出来るのか心配だ。
「だが、最近の君たちの任務に対する態度には、如何ともしがたいところがある。そこで、諸君らの不満解消の為の、説明会と称してここに集まってもらった」
それはさておき、どうやらこの説明会は俺の紹介だけではなさそうだな。最近の傭兵たちの不満解消もかねているとは、あんまり聞こえは良くない。しかし、俺の事を少しは知っていてくれないと、取材が出来ない。何より、ターナー部長に失敗の報告を入れたら、どうなることやら…
「まずは、君たちに朗報だ。この基地にいる優秀なパイロットたちを紹介する記事を書く為に、スカイキッド社のランディ・ウォルコット君が来てくれた」
大佐が俺を紹介すると周りから歓声が上がった。とりあえず、周りに挨拶をするが、これが傭兵部隊なのかと感心してしまう。席の前のほうにいた、トールさんがこっちに手を振っているが、他の傭兵たちは笑っている人もいれば、苦虫をかんだようにブスっとしているのもいる。
「彼は、この基地に一ヶ月滞在する。それまでの間に、自分の紹介を考えておいてくれ」
「それで、その偽者についてはどうなんだ!?」
大佐の言葉をすぐに継ぐ形で傭兵と思われる男から声が上がる。しかし、偽者?いったい、どういう事だ?任務への不満といっても、報酬や、内容ではないのか?
「君たちの不満はわかる。彼女は、君たちから見れば、確かに偽者だ。だが、君たちを騙していたわけではないだろう?」
大佐が俺の隣にいるあの女性を見ながら話を続けている。どうやら、この女性には何か訳があるみたいだ。それで、大佐はさっきの事を言ったんだろうが、こんなことぐらいどうって事は無い。むしろ、この女性についてますます興味を持ってきた。
「彼女は元正規兵だ。事情があって、傭兵としてこのヴァレーに参加しただけのな」
メモを出して、書き留めることは出来ないので、頭の中に間違いなく記憶させる。元正規兵ということは、開戦直後の敗走を生き延びた、と言うことか。しかし、事情?
「そして、君たちが知りたいだろう、ウスティオのサイファーについて、話そう」
ウスティオのサイファーっだって!?それは、何年か前に行方がわからなくなった傭兵じゃないか。先輩記者たちが、その行方を追ってウスティオ空軍に直談判したこともあったそうだが、結局わからずじまい。その行方が、今俺の目の前で明かされる。俺は、場違いかもしれない興奮に身を包まれていた。だが、オズワルド大佐の話は、その興奮を冷めさせるものだった…。
「彼は戦死したよ。B7R、今日ガルム隊が赴いた場所でね」
副官らしい士官服の男性が、書類を持ってきた。そこに書かれているのは、死亡証明書。つまり、既に死んでいるのだ。俺はがっかりしてしまう。ある意味で、この事実も特ダネだが、すでに死んでいたのでは余り意味が無い。それに、いずれウスティオ空軍も公式に発表するかもしれないのだ。それよりも、円卓に赴いたと言うガルム隊のほうが記事になりそうだ。あそこに向かった連合国の戦闘機は、ベルカ軍にことごとく落とされている、激戦区だ。そこに行って帰ってきただけでもかなりのことだ。ガルムの名前を頭のメモ帳に書き入れている間も、大佐の説明は続いていた。
「……つまり、彼女は傭兵として参加する際に、サイファーのTACネームを名乗っただけだ」
「なんにしても、それじゃあ自分がサイファーと間違われる事を了承したのと同じじゃないのか?」
いちよう、彼女の説明は終わったようだが、それでも食いついてくる人たちはいるみたいだ。いまだ興奮納まらぬ一人の男が声を上げると、周りからも、そうだ、そうだと声が上がる。大佐のほうを振り返ると、なんだか辛そうな表情をしている。しばらく傭兵たちの話でざわついていたが、しばらく経ってから大佐が口を開く。
「……彼女は、元正規兵だといったはずだ。それを、察してやってくれ…」
大佐の重い言葉に、周りが静かになる。元正規兵、ということは、それなりに辛いこともあったかもしれない。開戦直後から、ウスティオは負け続けだった。その中を生き延びた者の中には、発狂してしまった者もいるほど、前線の凄惨さは極まっていたのだ。しばらく経ったあと、大佐は再び口を開いた。
「これからも戦いは続く。諸君らが結束を深め、更に精進してくれれば、ウスティオ解放は近づくだろう。君たちに、ウスティオを任せる。しばらく大規模な作戦は無い。通常任務に出る者を除いて、しばらく休んでくれ。以上だ、解散」
彼女はすぐに食堂から出て行ってしまった。サイファーというTACネーム。それ以外がまだ何も判らない、謎の女性。俺は、その人の事を調べる事を決めた。それが、ウスティオの解放の記録をつけることになるとは知らずに。
青い空は、何も与えてくれない。ただ、生きるすべての者の視線を、吸い込むように集める。
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