[ヴァレー空軍基地フェンリル隊宿舎 4月24日 07時03分]
 "Valais Air Base, Fenrir Team's Quarters" 0703hrs. 24 Aug 1995


目が覚めると、山の合間から差し込む朝日が寝不足と二日酔いで疲れた目にしみる。傭兵部隊の取材は出来る限り早く終わらせて、あの赤髪の女性を追おうと思っていたに、なんてことだ。トールさんのお喋りは予想していたが、これほどとは。初日の歓迎会でウワバミに変身したのみならず、昼は所かまわず話しかけられ、夜に写真の編集をしていると酒と一緒に寄りかかられる。更に、部屋に連れ込んでいる大型犬によって俺のベストが食いちぎられた。結局、連日の取材の成果をまともに整理することが出来ないまま、4日が過ぎた。今、俺の机の上には整理できずにいる資料、写真が山済みになっている。4月も終わりだと言うのに、まだ長袖で無ければ外に出られないここの気候にも慣れそうに無い。

[食堂 07時34分]
"Cafeteria" 0734hrs, 16 Apr 1995


「レポーター1号、聞こえるすか?目標奪取の準備をしてくださいっす」
また何かやってるよ。トレイを持って朝食の列に並んでいると、後ろからトールさんに声を掛けられた。その手の中には、今日の彼の”戦果”。他の人たちの朝食に出たホットドックが誇らしげに抱えられている。
(また盗ってきたのか…)
こういった事を日常的に行える人なのだ、この人は。4日間、この人とフェンリル隊と共にすごしてきたが、この人についてわかったことと言えば、人を笑わすことにかけては天才的で、いつもお調子者だということ。これが空では歴戦の戦士になると言うのだから、パイロットと言うのは不思議な生き物だ。ともかく、俺の取材自体はかなりの成果を上げている。空の傭兵としての有名どころ、『サックス』こと、シン・キチ(シンキチと書いたら承知しないとの事、厳重注意)さんの取材と写真撮影も終わって、昨日の夜のうちに編集したかったが、トールさんの犬に阻まれ失敗。まったく、あの犬を何とかしてくれといったのだが、トールさん本人は笑って慣れろといってきた。実際、犬をじゃれさせながら書類なんかを整理している姿を見るが、3、4日で出来る芸当ではない。おまけに、どこからとも無く酒が出てくる。昨日も散々飲まされて、現在二日酔いの頭を抱えている。
ふと、自分のトレイを見るが、デザートのオレンジが無い。さっきもらったばかりなのに…。やはりと言うべきか、俺のオレンジは予想通りの場所で見つかった。そこから目標奪取。トールさんの追撃が来る前に安全地域まで退避。ちなみに、安全地帯とは昨日取材したばかりのシンキチさんの席。どうやら、トールさんはシンキチさんと何かあったらしくて、表立っておちょくることはない。安全地帯に腰を下ろすと、シンキチさんが笑っている。
「トールの奴は相変わらずか?」
「ええ、毎晩大酒飲んでます」
するとまた笑われる。その笑いは、心からの笑い。そう、あの人があんなにもおちゃらけているのは、戦場においてもみんなが笑っていられるように、といっていた。何でも、戦争で家族を失ってしまったとか。それで、笑顔を失ってしまった人たちがもう一度笑い合えるようにと、自分から戦いを終わらせる為に参加したんだそうだ。俺は、その話のスケールの大きさに呆れてしまったが、本人はいたって本気だ。中には、笑って頑張れよ、と送り出していける人たちも、この基地にはいる。改めて、傭兵というものを認識した気がしたときだ。ちなみに、もう一人、この基地にはおちゃらけている人がいる。
「おお!レポーターさんじゃないの!昨日は良く眠れたか!?」
この人、ジョン・トラヴィスさん。ロックが趣味の、ロックンローラー。トールさんと共に、この基地のムードメーカーとして君臨している。昼間は、サイファーに声を掛けては粉砕され、他の人にからみついてくる。夜にはロックの音楽が回りの部屋を包む、ある意味ではた迷惑な人。しかし、この人もこういう風に振る舞うのにも、何か理由があるのかもしれない。取材で、その事を知りたいと言う気持ちもありながら、そのことで何かまずい事を思い出させることになるのではないかと心配してしまう。
しかし、まるで子供のように笑う姿を見ていると、そんな心配も吹き飛んでしまう。だが、取材期間は一ヶ月あるんだ。のんびりやっていこう。
しかし、あの二人をもってしても笑い顔一つ見せないサイファーは、一体なんなんだ?しばらくは、他の人の取材申し込みが殺到しているので、正面切って聞くことが出来ないのが、つまらなかった。

朝食のスクランブルエッグを口に運びながら、今日の取材すジュールを考える。
「ここ、いいかね?」
しばらく考え事をしていると、目の前に人が立っていた。見上げると、トレイを持ったオズワルド大佐。了承の言葉を口にすると、目の前に座った。
「どうかね?取材は進んでいるかね?」
「おかげさまで。トールさんの妨害にあってます」
大佐も笑った。しかし、こっちは本当に被害にあってるんだからな。少しは何か対策を立てないと。しばらく、雑談に花を咲かせる。
「しかし、相変わらずサイファーの事を追っているようだね?」
朝食も終わりに近づいたときに、大佐の口調が変わった。朝の忙しい時間に近づいてきたのは、これが理由か。
「私は、諦めろ、といったはずだがね?」
だが、あきらめろと言われて引き下がったら、ジャーナリストの名がなく。
「これでもジャーナリストの端くれです。1度、取材すると決めたい上、諦めるつもりはありません」
大佐の目を、まっすぐ見つめながら言う。大佐も、しばらくこちらを試すように見ていたが、ふと視線をそらした。
「わかった、君のその熱意に期待してみよう」
失礼する、といってトレイを持って立ち去ってしまった。
そうとも、彼女の事を知りたいのは、何も男としてだけではないんだ。ランディは、決意を新たにするのだった。その隣で、シンキチがそれを眺めていた。

少ししてから、シンキチも立ち上がってトレイを返しに行く
「おい、シンキチ。旦那はランディと何話してたんだ?」
途中でジョンに呼びかけられたが、その場はすぐに通り過ぎていく。
「普通のことさ。取材の進み具合はどうだ、とかな」
シンキチはトレイを返却口に返して、食堂の出口に向かう。出口を出てすぐのところに、オズワルド司令が待っていた。
「もし、彼がサイファーの事を必要以上に刺激するようなら、この基地から強制退去させる」
「わかっています」
通り過ぎるときに、お互いが聞こえるか聞こえないかの大きさで会話する。もしもの事態に備える為だ。
「しっかり見張っていてくれ」
歩き去っていく司令の後ろ姿を見ながら、シンキチは思った。
(あなたのその態度も、彼女を変えられない原因かもしれませんよ、司令…)
しかし、サイファーのことでどうすればいいのか分からないのも事実だ。もうしばらく、様子見かな…。
シンキチは、自分の機体のあるハンガーへと向かった。

[ハンガー 08時12分]
 "Hanger" 0812hrs. 24 Apr 1995


「そこの油圧システムのチェックは終わったのか!?」
「計器の調整は慎重にやれって言っただろう!何やってんだ!」
「ボルトが足りないぞ!どこにある!?」
ハンガーは、整備員の声で満ちていた。ここ、ヴァレーの整備班は、傭兵たちとためが張れるほどに荒っぽい連中が多かったが、その整備の腕は一級品といってもいい。実際、ここに来てから俺のドラ猫も調子が良くなった。その整備班の長が、あのアルバートなのだから、不思議なものだ。どちらかと言えば、昼行灯みたいな存在のアルは、周りの整備班と比べても目立たないと言える。それでも、彼らはアルの事を班長として慕っている。いつか、その理由を聞いてみようと思っていると、白銀のF−14Dの整備をしていたアルがこっちに気がついて歩いてきた。手を上げてあいさつをする。
「朝から、大変だな」
「いや、これくらいいつものことですよ。昨日の夜間出撃に出たファウスさんの機体を見てたんですがね、これがまた厄介でして…」
ひょっとして、何か問題でもあったのかと思って聞いてみる。もし、あいつの機体が飛べないとなると、一体何をしでかすかわからん。以前、俺の機体に無理やり乗り込んできたときに、10G旋回で気絶させてやったから俺の機体は使わないだろうが、他の奴の機体を奪ってでも出撃していきそうだな。しかし、意外と問題は簡単だった。
「いえ、問題と言えば問題ですが、機体そのものは快調です。ただ、整備のほうがちょっとめんどくさくて…。どこの誰がやったのか知りませんが、こいつはSTOLどころか、VTOLに近い機動が可能な機体になってるんですよ」
それは知っている。こいつの機体は、あいつの国で特別に改修を受けた漫画みたいな機体だ。まず、機体の中央部に垂直にファンを取り付け、エンジンノズルが3次元可動可能になっている。これによって、ほぼ全ての場所への垂直着陸が可能になっている。更に、機体の各所にステルス資材をふんだんに使い、表面の塗装も、特殊な塗料にレーダーかく乱剤を混ぜ込んであるので、レーダーでその姿を見つけるのは難しい。その分、白銀の機体は視認性が高いが……。しかし、そのかわり機体の装甲は厚くしている。A-10Aみたいな頑丈さではないが、ミサイルが至近で爆発しても平気で飛べるような機体だ。ある意味、スーパートムキャットを越えたトムキャットだ。エクストラトムキャット?いや、ハイパートムキャットでも好いな…。まあ、機体の名称はあいつに任せよう。アルに頑張りの言葉をかけて、自分の機体に向かおうとしたときに、頭上のスピーカーがサイレンを鳴らした。

[ブリーフィングルーム  4月24日 09時00分]
"Valais Air Base, Briefing Room" 0900hrs. 24 Apr 1995


ブリーフィングに集められた、この基地の傭兵、正規兵たち。全員が集まるのは、食堂のとき以外見ていないが、これほどの人間が集まると山の気候といえども、部屋の気温が高くなる。ランディは、着ているシャツの胸元を少し緩めつつ、ブリーフィングの風景を撮影する。相変わらず、ところかまわずテンションの高い二人、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせているシンキチさん、そしてサイファーと、その後ろに控える『片羽の妖精』、ラリー・フォルク。彼の名前は、俺でも知っている。戦闘中に片翼を失いながらも、任務を遂行して帰還した、空の傭兵。まさに、そのイメージそのままの人がそこにいた。ファインダーに彼の姿を捕らえながら、その存在感に驚く。他の傭兵たちに混じりながらも、その存在感はしっかりと伝わってくる。そして、その前にたたずむサイファー。結局、彼女の事を知っている人はこの基地にはいなかった。本名も、経歴もだ。俺がこの基地に来た日にあった説明会では、彼女が元ウスティオ正規兵だったということ、彼女の所属していた部隊が彼女を除いて全滅したこと、そして、それが理由で傭兵に転身したということしかわからなかった。詳しい話を知っているだろうオズワルド大佐は、個人的なことは本人から聞けといって何も教えてくれない。その、大佐がやってきた。
「諸君、ついに本格的な反撃のときが来た。ウスティオ、オーシア、サピンの3国による大規模共同作戦の実行が決定した。」
大佐がマイクに付くと部屋が暗くなり、映写機に東部諸国の地図が映し出される。さっきまで喋っていた傭兵たちも、今は黙って大佐の話を聞いている。
「3軍を総合した、戦略的軍事機構を『連合軍』と正式名称し、今回の共同作戦を『戦域攻勢作戦計画4101号』と呼称する。本作戦の目的は、連合軍の水上輸送路確保である」
映し出された地図が、オーレッド湾の北側、五大湖へと向かう水路へとクローズアップされる。
「連合軍の水上輸送路確保の為には、フトゥーロ運河周辺を占領するベルカ軍が一掃されなくてはならない。そこで、大規模な共同作戦に対応する為、諸君らには参加作戦の自由選択権を与える」
傭兵たちから歓声が上がる。まぁ、誰だって自分に都合のいい作戦を行いたいのが普通だが、作戦参加機が偏ったりしないだろうか?そのところが心配だ。
「本作戦は、3つの局地的航空作戦任務で構成されている。一つに『ゲルニコス作戦』、南部のベルカ航空部隊及び港湾施設に展開する地上部隊を殲滅する対地、対空攻撃作戦だ」
地図が南部の敵のマーカーに向かう航空部隊の矢印を示し、やがて敵のマーカーに×印が付いた。
「次に『ラウンドハンマー作戦』、北部のベルカ海上勢力と港湾施設の地上部隊を殲滅する対地攻撃作戦だ」
今度は、北側の敵のマーカーに向かう矢印が現れ、同じように×印が付く。
「最後は、『コスナー作戦』、この作戦はオーシア第3艦隊を中心とした味方艦船の護衛作戦だ。艦隊には、試験航行を目的とした、新造空母も含まれている」
運河の中央部を進む連合国の海上部隊の進路を阻む形の敵のマーカーに×が付く。隣では、どうやら参加する空母のスペック表のようなものも映し出されている。艦名は、ケストレル、となっている。
「以下の3作戦、いずれもベルカの激しい反撃が予想されている。参戦作戦の決定は、いつも以上に慎重に行え。30分後に、再びブリーフィングを開き、諸君らの選択を聞く。それまでに、よく考えてくれ。以上だ、一時解散」
大佐の言葉を合図に、部屋が明るくなる。みんな、宿舎等に帰って検討するのかと思ったが、結構その場で選択している傭兵が多い。逆に、生き残りの正規兵部隊の人たち、傭兵たちから坊やと呼ばれている、オセロー・フィッシュバーン少尉なんかは、難しそうに考えながら部屋を出て行った。シンキチさんは、配布された資料を眺めながら考え込んでいる。そっとしておいてあげたほうがいいな。トールさんは、フェンリル隊のメンバーと一緒に話し合っている。ジョンさんの同じぐらいの青年と、少し上ぐらいの男、それと女性の4人でだ。ジョンさんは、大佐のほうに既に作戦を伝えに行っている。今日取材する予定だったラリーさんは、シンキチさんのところへ行って話し合っている。サイファーは、特に何もしていない。ただ、正面を見ているだけだったので、俺は好機とばかりに近づいた。
「どの作戦に参加するつもりです?」
近くまで寄っていってから、ごく普通に話しかける。サイファーは、こちらの事を見ると、すぐにまた元のようにスクリーンに映し出されたままの地図に目を移した。予想通りの反応だが、せっかくの機会を無駄にするつもりは無い。大佐や、ラリーさん、ほかの傭兵たちもこちらに注目しているのがわかる。あえて、こっちはそれを無視して話を続ける。
「フトゥーロは、開戦してすぐにベルカが確保した戦略重要拠点ですからね。当然その守りも堅い。あなたならどう飛びますか?」
こちらから話しかけているというのに、まるでこちらがいないかのようにただじっとしている彼女に、まるで人形がそこに置かれているような錯覚を受けてしまった。失礼な話だ。彼女は、ちゃんと呼吸し、食事をする普通の人間だというのに。その事を顔に出さずに、次の質問を行う。
「…えーっと。じゃあ、もし、敵の航空部隊と接敵した場合…」
「殲滅するわ」
即答。今まで何もしていなかったのがウソのように、こちらの目を真正面から見つめられて答える。その黒い瞳は、とても深い色をしている。と、彼女が立ち上がってどこかへ向かう。参加作戦を伝えている傭兵たちのところじゃないか。集計を取っている、ルドルフ・モレ中佐に一言二言話すと、すぐに部屋を出て行ってしまった。俺は、すぐに中佐に確認を取ると、彼女は参加する作戦を決めていた。後ろで、シンキチさんたちが苦笑しているのが見えたが、気にしなかった。
『ゲルニコス作戦』
サイファーの赴く作戦が決まった。

[ハンガー 09時22分]
 "Hanger" 0922hrs. 24 Apr 1995


ハンガーは再び喧騒に包まれている。今度は、出撃する機体の整備の為だ。何しろ、ウスティオ解放への狼煙となる作戦だけに、参加する機体の数も多い。そのため、整備員はいつもの倍近い仕事をこなしているような状態だ。
「兵装システムのチェックが終わったら、次はハードポイントの装着だ!時間が無いぞ!」
「アムラームはいい!サイドワインダーだ!サイドワインダー!」
「ハープーンはどこだ!?マベリックはここじゃないぞ!」
「うるせーぞ!」
「なんだと!?」
「PXの姉御は何やってんだ!?JDAMがまだ届いてないぞ!」
……とまあ、少しの混乱もあったが、整備班の活躍により、作戦開始50分前には、全機出撃準備が完了するのだが。その風景を撮影しているうちに、最後のフィルムまで使ってしまったことに気づいて、ランディはPXへと向かった。

この基地のPXは、普通の基地のPXとは異なる。やはり、傭兵部隊の基地と言うこともあり、さまざまな品を扱っている。酒や、日用品、ミサイルから、傭兵たちの乗る機体まで、多岐多様な商品を扱っている。オズワルド大佐にも、PXに行けば大抵の品はそろうといわれたが、あれほどのストックを誇っているとは思わなかった。酒に、洗剤、基地の女性の生理用品までありとあらゆる品がそろっている棚が、ハンガーの一つを使って並べられて、どこかのコンビニエンスストアかと思ってしまうほどだ。そのハンガーの、入り口付近にあるレジに、このPXの主がいる。電話を肩に持って、商品のリストを片手に持った、妙齢の女性。電話口で相手に向かって怒号を上げている。
「だから、それはさっき品切れになったって言ったでしょう!ごちゃごちゃ言ってると、帰りの分の燃料なしで飛ぶことになるよ!!」
ここでも、混乱しているみたいだな。苦笑しつつも、PXの姉御、こと、エイダ・ブレッティンガム女史のいる場所までやってきた。4日間しかこの基地にはいないが、この基地の補給品の手配から、日常生活品までを一手に引き受けるその手腕、物資の調達の際の手際は畑違いの俺でも感心してしまう。しばらく待っていると、受話器を投げるように電話機に戻した女史がこちらを向く。さて、なんだか色々と忙しかったようだが、フィルムの調達を頼んでいたのは、出来たのかな?
「こっちも大忙しだね?」
「まったくよ。久しぶりの大規模作戦だから、ストックの足りなくなった装備が出始めちゃったのよ。だから、いつも補給担当の奴らには余分に持って来いって言っといたのに…」
ぶつぶつと呟き始めてしまったよ。しかし、早いところフィルムを手に入れないと、これから出撃していく戦闘機たちを捉えることが出来ないな。言葉を選びつつ、声を掛ける。
「あのー、忙しいところすみませんが、頼んでおいたフィルムはどうなりました?」
その時に壁にかけられた電話機が音を鳴らした。タイミングの悪い、悪態をつきながらブレッティンガム女史が受話器を取る。
「はい、こちらPX。ご用件は?」
そのまま話し込んでしまう。こちらのことはひとまず後回しみたいだけど、こっちだって急ぎの用なんだから。
「はい、ええそうです。武装は予備も含めてほとんど品切れ状態です。えっ!?だから、余裕無いと言ってるでしょう!」
机を勢いあまって叩いてしまった女史に少し引きながらも、忙しそうな女史に妥協案を提示する。
「エーと、フィルムがどこにあるか教えてくれれば、自分でとりに行きますけど?」
メモ帳に何かを書きながらも、電話の相手に声を荒げる。こちらに渡してきたメモに書かれているのは、倉庫の棚のナンバー。
「そうです、倉庫に入ってる武器は全部出しました。ハンガー前に出てるので全部です」
ジェスチャーで感謝の意を伝えて、メモに書かれているナンバーの棚に向かう。棚はすぐに見つかったが、どうやらフィルムはかなり上のほうにあるみたいだな。
「そんなに弾薬欲しいなら、ベルカの補給将校と交渉でもしてくださいよ!ともかく、こっちはもう余裕なしです!」
棚の向こうから聞こえる声に苦笑しつつ、はしごを探して、それで昇っていく。何とかフィルムを見つけたが、PXから出るまでは電話で口論していた女史に何かを投げられた。
掴んで見てみると、女性用のシャンプーじゃないか!?何でこんなもの?
「それ、あの子に届けてくれない?」
あの子、といわれても、心当たりが無いんだが。
「役立たないわねー、サイファーよ、サイファー!あの子以外誰が要るってのよ!?」
ああ、サイファーか。しかし、また、何故?この人が面倒を見ているわけではないだろうに。
「なんだかほっとけないのよね、あの子。どこか澄ましちゃってるところあるけれど、なんだかそれだけじゃない気がするのよねー」
それは、何人かの傭兵たちに、サイファーについて尋ねたときに聞いた。サイファーは、何かを隠す為にあんなふうに振舞っているんじゃないか、という意見。
ただ単に元々無口、傭兵の事を気に入っていない、男性恐怖症など、さまざまな憶測を聞いてきたが、どれも的を得ないもので適切な答えは見つからなかった。全部に共通していたのは、サイファーは俺たちが見ているだけの人間ではない、というものだ。そういった話を聞いてるうちに、さらにサイファーに興味を持ってしまった。俺みたいな若輩者にどこまで突き止められるか分からないが、出来る限り彼女のことは追いかけてみたいと思ってきている。
「いつかそれを突き止めてみようと、思ってますよ」
「期待してるわよ」
机に両手で頬杖を付いてこちらの事を見送ったエイダさんの姿は、とても○○歳とは思えないほどかわいく感じられる姿だった。ちなみに、○の中に入る数字は…
「何か言ったかしら?」
いつの間にか後ろに近づいているエイダさんの殺気を感じてそさくさと撤退する。その頃には、傭兵たちも出撃準備が整い始めていたようで、ハンガー前から景気のいいエンジン音が聞こえるようになってきた。


[司令執務室 10時40分]
 "Commander's Room " 1040hrs. 24 Apr 1995


「納得できません」
そう言って、オズワルド大佐に異議申し立てをしたのは、モレ中佐。彼は、このバレー空軍基地の第2の顔であり、ここの傭兵たちを司令の不在の間も管理できる椀を持っている男だ。その中佐が異議を申し立てたのは、今回の作戦の人事。つまり、傭兵たちがフトゥーロ運河の北部と南部攻略に集中してしまい、艦隊の護衛任務に回せる部隊が少なくなってしまったのだ。そのことで、先ほどの参加自由選択権を撤回しろといってきたわけだ。
「確かに、通常の部隊運営ならば、これは効率が悪いと言えるだろう」
「でしたら…!」
「だが、我々が指揮を執っているのは傭兵部隊なのだよ、中佐。そんじょそこらの連中とは訳が違う」
それはそうだ。この基地の傭兵部隊は、大きな作戦においては連戦連勝。更に、4日前にはガルム隊が敵エース部隊のロト隊をB7Rにおいて撃破している。ウスティオ空軍で指揮した部隊や、オーシアの共同体に研修に行ったときとは根本的に違う。だが、それでもモレ中佐は不満だった。それを察したのか、司令は緩やかに微笑んで言葉を放つ。
「任せておけ。ちゃんと対応策は用意してある。実際に実行するのは、私ではないが」
「…サイファーですか?」
中佐の言葉に、少し司令室内の雰囲気が変わる。
「…不満かね?」
確かめるように尋ねる司令の言葉に肯定の言葉を発した中佐は、続けて言った。
「大佐は、あいつにこだわりすぎです。一司令官のすることではありません」
日ごろの不満が噴出したように、一気にまくし立てたモレ中佐に、しばらくの間司令は沈黙して考え込む。
「中佐…」
だが、答えようとした司令の言葉をさえぎって中佐が言葉を放った。
「私は、あいつの事を気に入っていません」
そう言って、扉を開いて出て行ってしまった。司令は、窓際にある戦友の写真を眺める。
「本当に、お前は俺に苦労ばかりかけるな」
写真の中の戦友は、ただ微笑むのみ。だが、少し苦笑いに見えるのは、自分の気の迷いだろうか?司令は、その写真をしばらく眺めた後に、部屋を出て行った。後に残った写真が、差し込む光を反射して光っていた。


[ヴァレー空軍基地 4月24日 11時10分]
"Valais Air Base" 1110hrs. 24 Apr 1995


ハンガー前は、さながら航空ショーのような趣になっている。F−14と、F−16がコンビを組んでいるかと思えば、EF−2000の隣にいるのはF−15Eといった具合にだ。ともかく、ありとあらゆるカラーリング、様々な国籍の航空機が勢ぞろいしている光景は、見ているだけでも面白い。俺はその姿をカメラに収めながら、色々な離陸していく機体を撮影するベストポジションを探していた。しかし、なかなかこれだという場所が見つからない。途方にくれていると、トールさんがパイロットスーツ姿で近づいてきた。
「何走り回ってんすか、リポーターさん?とっととカメラポジション決めねーと、離陸するときのベストショット見逃しちまうっすよ?」
「そのポジションが見つからなくて、困ってるんです」
「なんだよ、新聞記者の名が泣いてるっす」
ほっといてくれ。それよりも、いい場所知ってないのか?この人は。
「いい場所、ねー……そうだ、滑走路に近いほうの燃料タンクのうえ、あそこなら滑走路が一望だし、アングル的にもいいんじゃないすか?」
そうか、あそこか!確かに、あそこならいい絵が取れそうだ。トールさんに感謝の言葉を言ってから、すぐに燃料タンクに向かって走り出す。途中で、他の傭兵たちにいい写真撮ってくれと話しかけられ、それに返しながら走り続ける。だが、ハンガーの前から燃料タンクまではかなりの距離がある。体力に自信が無いわけではないが、それでもこの距離を走り続けるのは辛い。しかし、やらなくては。ランディは一気に走るペースを上げた。

出撃準備を整え、ハンガーの自分の機体に着いた時にはもう機体は万全の状態だった。アルがこちらに手を振っている。
「燃料、弾薬全てオールグリーンです。箱詰めしてプレゼントにしてもいいぐらいです」
「それじゃあ、ベルカの奴らにプレゼントしてくるよ」
シンキチは、愛機のF−14Dに乗り込む。周りでも、他の傭兵たちが自分の機体に乗り込み始めている。ハーネスをしっかり固定し、キャノピーを下ろす。目の前のガルム隊の2機がタキシングを始めていた。ラリーがコックピットで親指を立てている。こちらも返して、エンジンをスタートさせる。F110-GE-400 ターボファンエンジン2基がスタートし、コックピットが心地よい振動に包まれる。

しばらく走り続け、ようやく半分かと持ったときには、最初の機体がタキシングを開始してしまった。急がなくては!そうは言っても、ここまで来る時間と、戦闘機がタキシングする時間を比べると間に合いそうに無い。最初のほうの人たちは諦めようと思ったその時に、すぐそばに整備班のジープが止まった。運転していたのは、整備班長のアルバートさん。どうやら、乗せて行ってくれるようだ。すぐに感謝の言葉を言って乗り込むと、ジープは急発進して燃料タンクまで走り出した。
「皆さんの勇姿、撮れませんでした、じゃあ、納得しませんからね」
笑いながら、ジープを操るアルバートさん。ともかく、今は時間が惜しい。タンクの所まで着いても、そこから上に登らなくてはならないのだ。
(その時間も考えると、ギリギリか)
ともかく、最後まで諦めない。希望がある限り。やがて、ジープはタンクの足元までたどり着いた。すぐにジープを飛び降りて、アルバートさんにもう1度感謝を言いながらはしごまで走る。後ろで、アルバートさんが手を振っているようだ。一気にはしごを二段ずつ登っていきながら、戦闘機のエンジンの奏でる音が徐々に大きくなってきた。はやる心を抑えて、出来る限りの速さではしごを上る。ようやく登り切った時は、最初の機体が飛び立つ時だった。すぐにカメラを構え、その機体を追う。先頭を切って飛び立つのは、サイファーのホーネットと、ラリーさんのイーグル。
(これを逃がしたら、ジャーナリストとして失格だ)
そんな事を考えながら、写真のシャッターを切る事を忘れない。やがて、二人の機体が大空へと舞って行った。俺は、その美しい光景にシャッターを切り続ける。それが、使命のように感じて。

<<ガルム隊、離陸。フェンリル隊、離陸を開始せよ。メナス隊は、まだ待機だ>>
今日の私のスズメバチは好調。翼に吊るしてあるミサイルも、磨きが掛かっているように獲物を駆るのを待ちわびているようだ。後ろでは、ヴァレーから次々と飛び立つ傭兵たちの機体が見える。巡航速度より低めの速度で、南へと進路をとる。これから、連合軍の給油部隊と合流した攻撃隊は、フトゥーロ運河になだれ込むことになる。私とフォルクが向かう作戦は、ゲルニコス作戦。南部での作戦だ。その事を話したフォルクは、以外だという顔をしていたが。だが、私には考えがある。ちょうど、その考えと司令の依頼が一致したが、それはどうでもいい。また、敵を倒せる。私の体はその興奮に包まれている。

戦域攻勢作戦計画4101号。その開始まで、後30分。ウスティオだけでなく、オーシア、サピンなどの各国の空軍の群れなす空へと向かう、ガルムは何を見るのか?そして、サイファーの考えは?


たとえ躓き、傷ついても。飛び立とう。風を翼にして。

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