[ヴァレー空軍基地 5月11日 19時30分]
"Valais Air Base" 019°16'55"N 239°31'24"E 1930hrs. 11 May 1995
「さて、今回の諸君らの任務を説明しよう」
いつものようにオズワルド司令がブリーフィングルームのマイクスタンドのところに立ち、映写機の近くのモレ中佐がデータリンクを使って地図を読み込み、映写機を使ってスクリーンに映し出す。さて、今回映し出されたのは、ウスティオの首都、ディレクタスの近郊、ソーリス・オルトゥス。ディレクタスが落ちたとほぼ同時にベルカに占領された街だ。今は、ベルカ軍の戦力が集結させられると見られているディレクタスに比べれば、ここは山間の地形もあいまって重要視されていない。
「連合軍は、ウスティオの首都ディレクタス解放作戦『コンスタンティーン』作戦を二日後に発動することを決め、その先駆けとして『ヴァーシティ』作戦、ソーリス・オルトゥスの解放を行う運びとなった」
だが、そこがウスティオ解放への幕開けとなる作戦に選ばれた。さすがに普段はあまりまじめとは言えない傭兵たちも、少しは緊張しているようだ。正規兵の坊やは、露骨に顔に緊張の色が現れている。
「今作戦は、オーシア第101空挺師団を主とする空挺部隊をソーリス・オルトゥスへ降下させ、駐留するベルカ軍を地上、空中からの奇襲で撃破するのが主目的だ。諸君らが行うのは、この空挺部隊の安全なる降下の確保だ。対空砲、迎撃機、いずれも彼らにとっては恐ろしい脅威となる。これらを殲滅してもらう」
その時に、シンキチの手が上がった。司令に促されて、座ったままシンキチが口を開く。
「地上のほうは、どうなってるんだ?民間人は?」
「いまだ、彼らの多くが生活している。諸君らの行動如何で、彼らの運命も変わる。くれぐれも、民間人への誤射を出さないようにしてもらいたい」
「任しとけって!一発だって当てたりしないぜ」
ジョンの奴が大げさなジェスチャーで主張している。その姿に、部屋の中に笑いが起こる。こういうとき、あいつの性格が助けになるんだよな。適度に緊張するのは良いが、あまり緊張しすぎるのもまずい。だから、時々ガス抜きが必要になるんだ。そういえば、もう一人いたな、そういう役目の奴が。
「俺だって当てるつもりは無いっすよ。その代わり、ジョンさんは気をつけてくださいね」
「なんだと!?まるで俺が当てるような言い方だな」
「さあ?俺は深い意味があって言ったわけじゃないっすよ」
「言ってるじゃねぇかよ!上等だぁ!じゃあ、もし当てたら酒の1週間分!」
「乗ったぁ!!」
トール・W・ファウネス。元々は、とある小国の空軍パイロットだが、何かの理由で傭兵になったらしい。人の笑顔が好き、らしいが、笑わす為なら何でもやるのは、時々失笑を買っている。しかし、この二人がこういう事をすることで、他の連中の気をほぐす…のだが、既にその度を越えた状態でにらみ合っている。周りの連中も、説明よりもこっちのほうが気になってしまっているようだ。それを終わらせたのは、やはりこの人。
「どっちが勝とうがかまわんが、もし被害を出すようなことがあれば、諸君らの報酬は一律カットだ」
「ちょっとまったぁ!何で全員なんだよ!?」
「そうだよ!誤射した奴が悪いんじゃないのかよ?」
司令のごく普通に言い放った一言に、傭兵たちから一斉に抗議の声が上がる。その渦中に立ちながらも、司令は余裕で涼しい顔をしている。少し時間を置き、周りが少し静かになってからしっかりとした声で話し始めた。
「諸君らに知っておいてもらいたいことがある。諸君らにとって、誤射した人間のほうが悪いと思うのは当然だ。だが、被害者にとっては、撃った人間も、撃たなかった人間も変わりは無い、同じ加害者なのだよ。その事を頭に入れておいてもらいたい」
ブリーフィングルームを静寂が包む。司令の隣のモレ中佐も、落ち着かない様子で辺りを見回している。
「以上だ、作戦開始時刻は明朝0550時、我々の出撃時刻は0530時だ。それまでは、各自自由に過ごしてくれ。解散」
本当に、あの司令は敵わないな。ラリーは、一人の人間としてそう思った。
司令の言葉を合図に、ブリーフィングルームに集っていた者たちが動き出す。今日は珍しく、ブリーフィングルームで見かけることの出来たサイファーの近くにいたラリーは、いつもと変わらないサイファーを見ていた。あの森での一件以来、お互いを避けあうでもなく、ごく普通の態度で接してきた。シンキチの奴も、俺たちの間に何かあったとは気づいていない。どこと無く、怪訝な顔をすることもあるが。結局ランディは、あの日は宿舎にもどらず、翌朝になって自分の部屋で泥のように眠っているのが発見された。何をしていたのかは、頑なに口を閉ざしているので、傭兵たちの間では誰かの所に泊まっていたのではないかという噂がある。本人は思いっきり否定するが、それがからかいのネタになっている。こちらが見ているのに気づいたサイファーが、不思議そうに見ていた。俺は、肩をすくめながら、明日の出撃に備えて寝る為に宿舎へと向かう。後ろでは、まだサイファーが見ていた。その光景を、どこか痛ましそうに見ている司令。ヴァレーは、次の戦いへの準備を始めていた。
[ヴァレー空軍基地 5月12日 04時30分]
"Valais Air Base" 0430hrs. 12 May 1995
結局、5日に起きたランディの初めての外泊(?)は、その理由も泊まった場所もわからないまま日にちだけが過ぎていった。そして、今、ウスティオ解放への第1歩となる作戦のために、一時間後にはヴァレーの部隊が飛び立つ。トール・W・ファウネスは、自分の部屋で生活している犬のそばで、自分のパイロットスーツを着込む。そして、出掛けに部屋の中の住人(?)に挨拶をしてから待機室へと向かう。基地の廊下は、まだ朝早くだというのに、既に多くの人間が歩いていた。何人かの顔見知りに声を掛けつつ、トールが搭乗員待機室に着いた頃には、他の部隊の人たちも何人か集まり始めていた。シンキチと、オセローの二人は待機室のベンチに腰掛けてなにやら話していた。
「…つまりだ、こちらが右に向かえば、敵も合わせる。その時を狙って、一気に反対側に切るんだ。そうすれば、おのずと相手の後ろへ近づいていける」
「でも、それじゃあ逆に敵側にとっても後ろを取ることが出来るんじゃないですか?」
「そこだよ、オセロー。そこを踏まえておいて、相手の動きに常に気を配っておかなきゃならん。それとな…」
どうやら、戦い方や、空戦の理論の話らしい。少し興味があったが、今は若い空の戦士の顔を立ててやりますか。そう思って、自分の機体の収められたハンガーへと向かった。待機室から出るときまで、二人が話し続けているのを聞きながら、自分よりも若いパイロットの熱心な姿に微笑んでいた。
「ノズルのチェックは終わったか?エンジン周りが終わらないと、他の部分に回せないぞ」
「それよりも、電気系統の検査はどうなってる!?まだ終わらないのか?」
ハンガーの中は、今まで以上の活気に満ちていた。ウスティオが占領されてから、半月。特に、開戦直後の一週間は地獄とも称されるような凄惨な戦いであった。そこから、ようやくウスティオ解放への兆しが見え始め、そして今回の作戦がその始まりとなる。整備兵も、管制課も、みながその戦いに向かって全力を出していた。ハンガーの喧騒を他所にトールは、自分の愛機であるF-14D改、エクストラトムキャットの前に立つ。白銀に身を包んだその機体は、主が乗るのを待っているかのように静かにたたずんでいた。ノーズコーンに手を当て、トールは自らの愛機の顔と呼べる場所をなでてみた。少しだけ、愛機が喜んでいるように感じた、と思っても良いよな?
少しだけ、顔に笑顔を浮かべながら、自分のいるべき場所、コックピットへと向かう。
「さあ、空の向こうまで連れてってもらいましょうっすかね」
そう、呟きながら。
「酒が一週間分…むふふふ…」
どこかやましいところは………少しだけある。
「兵装、燃料、機体、全てチェックは終わってますよ、ラリーさん」
「ああ、ありがとう、アル」
機体の下でこちらにわざとらしく敬礼して見せたアルバートに敬礼を返す。してみてから思ったが、なれないことはするもんじゃないな。自分に敬礼は似合わない。それに比べるなら、オセローの小僧は、やはり正規兵というだけあってキチンと決まっている。子供っぽいところはあるが。
そして、ハンガーの前、俺の機体のすぐ前に駐機されているサイファーの機体。その蒼よりも濃い色に身を包む機体の持ち主は、いまだ姿を見せていなかった。出撃時刻まで、もう時間も無いというのに。さっき見たハンガーの壁に掛けられた時計は、05時22分を示していた。一体何やってんだ…。そう呟きつつ、辺りを見回してみる。ハンガーの入り口近くでは、アルが不安そうに周りを見ている。他の整備兵も、どこか不安そうだ。そのうち、周りの機体のエンジンが始動し始め、基地全体に響く轟音をかなで始めた。ラリーも仕方なく、自分のエンジンに火を入れようと思ったとき、ハンガーに細身のパイロットスーツを着込んだ人間が現れた。ほっと一息をつきつつ、遅刻ぎりぎりで来た相棒に声を掛ける。
「遅すぎるぜ、相棒」
それに対して、相棒は流し目でこちらを見ただけでそのまま機体へと歩いていってしまった。いつもと少し違うその態度に、疑問を感じつつ、自分の計器に付けられた時計を見る。05時28分。今からエンジンを始動させれば、ぎりぎり間に合う時間だ。既に、サイファーの機体にはアル率いる整備班の取り計らいで、スターターが取り付けられている。サイファーがタラップに手を掛けた後すぐに、蒼い機体のエンジンに火が灯る。整備兵の助けで手早くハーネスを締めた相棒がキャノピーを閉めた直後に、管制塔からの離陸の指示が入った。それに答えて、既に移動を開始した連中の後に続いてタキシングを開始する。先頭に立って移動しているのは、シンキチのトムと、ハウンド1のタイガーシャーク。なんだか、最近シンキチによくオセロー小僧が付いている所を見ることが増えたな。そう思いつつも、トールのトム改の後ろについて滑走路に向かう。後ろからは、メナス隊を率いるジョンのMig-29がついてくる。
<<ピクシー、サイファーの姿が見えねーぞ。横にずれろ>>
勝手に言ってろ。そして、シンキチとオセローの機体が滑走路に入った。一時停止戦のところで、ぴたりとシンキチの機体が止まる。オセローのほうも同じだ。
<<サックス、ハウンド1、離陸を許可する。後続の機体も、順次離陸せよ>>
<<ウィルコ。さて、始めようか!>>
シンキチが始まりの一言を言って、今日の作戦の為に機体を大空へと羽ばたかせる。すぐ後ろにハウンド隊が続く。その後ろは、フェンリル隊。
<<こちちフェンリル1、今日帰ってくるまでに、大量の酒の用意を上申します>>
<<いいから行きなさい!後がつかえてるでしょう!>>
部隊員の女性に促されて、トールの機体が逃げるように滑走を始める。次は俺たちの番だ。
<<ガルム隊、離陸を許可する>>
<<了解>>
相棒の短い返事の後、俺たちはほぼ同時に機体を加速させていく。140kts…150kts。ゆっくりと操縦桿を引き、気体の機首を上げていく。やがて、ふわりとした感覚の後タイヤが地面を離れ、俺たちの機体は空へと飛び立つ。その瞬間、滑走路の端でカメラを構えているランディの姿が映った。爆風に煽られつつもカメラを構え続けているその姿に苦笑しつつ、バンクを振ってから更に高度を取る。上空で旋回し、残りの連中の離陸を待った後、俺たちは一路、ソーリス・オルトゥスを目指した。ウスティオ解放作戦の発動まで、残り20分の時。
[ソーリス・オルトゥス 5月12日 05時50分]
"Solis Ortus" 016°52'07"N 237°16'09"E 0550hrs. 12 May 1995
ソーリス・オルトゥスは、いつもどおりの朝を迎えるかのように、穏やかな雰囲気に包まれていた。青い屋根の家に住むブロー家の娘であるオデット・ブローは、12歳の誕生日に買ってもらった熊のぬいぐるみを抱いて、安らかな眠りの中にあった。本来の、彼女が起きるべき時間よりも、一時間以上早いこの時間に彼女のかわいらしい眉毛が開かれることはまず無い。そのはずは、空を飛び交う鋼鉄の鳥たちに対応しようとするベルカ軍によって打ち破られた。突如、サイレンの音が町中に鳴り響き、街に駐留していたベルカの兵士たちがあわただしく動き出したのだ。その音で目が覚めたオデットは、蒼い眠気眼をこすりながら、ぬいぐるみを持って窓のほうへと向かう。窓から街全体を見渡せる彼女の家から見ても、街はいつもと違う雰囲気に包まれていた。
<<綺麗な夜明けだな。こういうのは、気持ちのいいベッドの中で迎えたいもんだぜ>>
「同感っす。それで横に美人がいてたら…」
まったく、嫌になるほどのきれいな朝日だ。こんなときに戦闘をするってのは、なんだかつまらない気がするな。トールは、ジョンのぼやきに答えながらも、夜明けを迎えたソーリス・オルトゥスの街を見渡す。街の周囲の道路に展開されたSAM車両。そして、町の広場には対空砲の姿が見える。幸い、敵の航空機の姿は見えない。攻撃が始まれば、すぐに現れることになるだろうが。
<<聞こえてるぞ、美人じゃなくて悪・かっ・た・な。こちらは第122航空隊だ。今から降下地点へ向かう>>
前方を飛行しているC-130から通信が入った。
<<どんなことがあっても、全員を下ろすまでは帰投しない。そちらは任せたぞ>>
パイロットは、よほど度胸のある人物なのだろうか。自分の命が懸かる事をごく普通の会話のように言い放った。その勇気に答える意味でも、今回の護衛は成功させる。その意味を込めて、無線機でそのパイロットに声を掛ける。
「了解。任しといてくださいっす」
<<頼りにしてるぞ、ヴァレーの傭兵たち>>
<<作戦開始だ。まずは空挺部隊の降下予定地点、ならびに、輸送機の進路上の対空砲を撃破しろ>>
AWACSの指示を合図に、一気にヴァレーの航空隊が街の敵に襲い掛かる。
<<ガルム2、交戦!>>
<<サックス1、エンゲージ!>>
<<いくぞ!ハウンド隊、エンゲージ!>>
トールもまた、遅れを取らずに敵へと進路をとる。
「フェンリル隊、交戦開始!」
《《《了解!》》》
ほぼ同時の答えを聞きながら、トールのF-14D改が山の間へと降下、林道の上空を通り抜ける。フェンリル隊も、後ろからしっかりと着いてくる。正面、山の中の斜面に配置されたSAM車両からレーダー照射を受けていることを、コックピットの警告音が知らせている。機体を少しずらしたその直後、白煙と共にミサイルが発射される。数は、4。フェンリル隊の面々が回避機動へと移行、攻撃コースからは外れてしまう。しかし、トールは直進。相変わらず、レーダー照射による警告音が鳴り響く操縦席で、操縦桿を操り愛機を攻撃コースへと向かわせる。近づいてきたミサイルの1基が、トールの機体のすぐ上を通り抜け、その後後ろの森へと落ちていった。トールの機体の特性である、ステルス性のおかげだ。残りの3発は、フェンリル隊の機体に傷も付けられずに、あるものは山に落ち、あるものは空へと舞い上がっていった。そして、トールの機体がSAM車両に接近する。
「朝の挨拶は、しなきゃね」
トリガーを引き、機首の20mmバルカンから数十の弾丸が、コンマ何秒かで発射され、SAM車両を撃ち抜いた。炎に包まれた車両の真上を通過し、ソーリス・オルトゥスの中心へと向かう。すぐに、街の中から対空砲が打ち上げられる。数は、それほど酷いものではない。まず、その上空を高速で通過し、配置や民家の位置を確認したのち、反転降下、対空陣地の近くまで近づいてから、機首の機銃で一両目を撃破する。一秒にも満たない攻撃を加えながら、すぐ近くの民家への被弾が無い様に気を配る。トールの目に、正面の青い屋根の家の窓にいる、幼い少女の驚いた顔が飛び込んできた。
!?
その風景は瞬く間に通り過ぎ、機首を上げて一旦高度を取る。だが、あの少女の驚いた顔が目に映ってしまう。首を振って、その光景を頭から振り払うが、その時に家々の間を走り回る民間人のものらしき姿が見えた。こんなにたくさん!?
その数は、一人二人ではなく、数十人が建物の間に見え隠れしていた。既に、フェンリル隊や他の部隊も攻撃に移っている。攻撃がし辛くなったことに気がついて、舌打ちしつつ無線で警告を発する。
「各部隊へ、町には民間人が大勢います。気をつけてください!」
<<任せとけ、今回の稼ぎは減らせたりなんかさせないぜ>>
<<聞いたな、降下した奴は、民間人を家の中に入れさせろ。最優先だ!>>
各部隊からの返答を聞きながら、トール自身も安全な攻撃ルートを探す。
(絶対に、笑顔を奪うようなことはしない!そんなことで悲しむのは、俺一人で充分だ)
ジョンとの約束も関係なしに、トールはこの街の人たちを守りたかった。かつての、自分の家族の時のようにはさせまい、と。やがて、街道のところに停車している対空車両が目に入った。この位置なら、街道沿いに攻撃すれば、民家への被害は避けられる。すぐさま、機首をめぐらせ、攻撃態勢に移る。こちらを発見した敵から対空砲火を食らうが、この機体の対弾性能の前にはじかれてしまうものが多かった。そして、出来る限り引き付けてのガンアタックで、対空砲を破壊する。幸い、炎上することは無く、砲塔部分が完全に壊れたおかげで、二次被害も心配しなくてもいいようだ。他の地区を見ると、既に攻撃が始まっている。
民間人への被害が無ければいいが…。
そこで上空を見上げたトールの目に、C-130の幅広な機体が目に入った。
<<お前たちはなんだぁ!?>>
<<<<空挺隊員です!!>>>>
<<聞こえんぞぉ!?声が小さぁい!!>>
<<<<<<空挺隊員です!!!!>>>>>>
<<勇気の無い臆病者は、置いていくぞ!悔しいのなら、喰らいついてでも降りろ!>>
恐ろしいまでの剣幕でがなり立てている空挺隊の隊長の声が、離れているはずの輸送機のパイロットの無線機を通じて聞こえてくる。それに答えている隊員たちも、かなりの人間みたいだな。やがて、輸送機は降下地点に到着した。
<<5…4…3…2…1!>>
<<鳥になってこいッ!幸運を祈る!>>
AWACSから、雰囲気にあった声援が送られる。
<<よしっ!E中隊、行けぇ!!>>
その直後に、輸送機のカーゴドアから隊員たちが次々と蒼天へと舞う。朝日で輝く輸送機から飛び出すパラシュートの白い花はまるで、この街に届けられた花束のようだ。その花は、かなり威勢のいい花だが。
<>
<<俺たちは最強のE中隊だ!!>>
<<勇気だけが、奴らの取り柄に思えてきた…>>
ラリーの声が俺たちの気持ちを代弁している。もともと傭兵たちも、かなり威勢のいいところはあるが、奴らのそれはそれ以上のものだ。逆に、こちらがしぼんでしまう。しかし、そんなことでシンキチが沈んでいる余裕は無い。目の前の対空車両は、既に降下を開始した隊員を直接狙って攻撃している。
<<対空砲がこんなに配備されているなんて聞いてないぞ!これじゃあ、地上に着く前に蜂の巣だ!>>
<<ちょっと待て、ここは敵のど真ん中じゃないのか!?>>
攻撃を行っている隊空砲を、周辺の民家への被害は出さないように機銃で攻撃する。やがて、他の対空砲も撃破され、対空砲火はやみ、街から火線がまばらに上がるようになり始めていた。だが、その代わりが到着する。
<<レーダーに敵性航空機の機影を捕捉。各隊、戦闘機を撃墜し、輸送機を守れ!>>
「こちらサックス、直ちに目標へ向かう」
<<ベルカの鳥は俺たちの相手だ>>
南の輸送部隊へと進路をとる。既に、第2派の輸送機は町の南側に差し掛かっている。酷いようだが、今はもっと南の第3派のほうが大事だ。
<<降下したコンテナの位置を確認できるか?そちらでわかるなら教えてくれ>>
《敵はどこに降下した?位置さえ把握できれば、まだ持ち直せるぞ》
<<こちら第2小隊、戦車に阻まれて前進できない!何とかならないのか?>>
《戦車だ!降下地点の敵を、戦車で駆逐しろ!》
<<降下を完了したものは、近くの建物の安全を確保後、合流地点へ急げ!>>
《くそっ!E−5地区で交戦中!状況はきわめて不利!》
地上は地上で混乱しているらしい。時折、戦車のものらしいシルエットが建物の間から見える。しかし、輸送機を守らないわけにはいかない。レーダー上には既に、輸送機に近づきつつある敵の反応がある。しかし、その近くにいる味方の反応は、ガルムの2機のみ。そして、二つの反応が近づき、交差した後、味方の反応を残して敵の姿が消えていった。そして、ガルムが守った第3派の輸送機と合流する前に、第2派の輸送隊が降下を開始した。
<<全員を降下させてやるまで、落とされるわけにはいかん>>
<<彼らほど誇り高い兵士はいない。彼らの勇気は無駄にはしない>>
<<総員、降下用意!男である事を証明しろ!>>
<<立つんだ!ペルコンテ!立って飛ぶんだ!>>
<<行け!対空砲が沈黙した今がチャンスだ!行け!行け!行け!>>
再び、輸送機から降下するパラシュートの花束。一見すると、タンポポの綿帽子が舞っているように見えるが、その実、種の部分には完全武装の兵士がぶら下がっている。ジョンは、そのパラシュートを風圧で煽ってしまわないように注意しながら、地上へと目を走らせていた。
《まだ空にあんなに居やがる!どれだけの兵力を投入したんだ?》
<<街からは、既に煙が…。ウィンターズ、本当に降りられるんだろうな!?>>
《第1中隊はどうなった!?何故援護が来ない?》
<<C−8地区にコンテナを降下させてくれ。弾薬が足りない!>>
《B−6地区で交戦中です!しかし、押されています!》
<<風で大分流されたぞ、みんなは無事だろうか?>>
<<大丈夫だブル、俺が合流地点まで連れてってやるよ>>
既に、2個中隊が街に降下している。さらに、シンキチたちが輸送機の援護に向かっているので、すぐに第3派も到着するだろう。俺たちは、近接航空支援を中心に行う。メナス隊と近くの連中に声を掛けて、ジョンは目の前に現れたユーク製T-80をベルカが自国改良した[号戦車と呼ばれている車両に機銃攻撃を加える。30mm機関砲のトップアタックには、特殊複合装甲を施した[号も、耐えられずに火を噴いた。そのまま上空を通過し、再びいつでも援護の出来る位置に移動する。ともかく、地上部隊の援護が出来なければこの作戦は成功しない。その上空では、既に空戦が始まっていた。しかし、ジョンを含めたメナス隊は、それでも地上の部隊のそばを離れなかった。
<<降下のときに銃が飛ばされた!>>
<<弾薬の確保に成功。これより状況を開始する>>
《C-2地区で部隊の再編成を行え!》
《連合軍にそこまで奪われたんだ…》
<<うちの中隊長を見なかったか?風邪で流されてしまったようだ>>
<<いないほうがましだろう、あんなの。中尉に指揮を取ってもらおう>>
まだ、地上は混乱している。そんなときに、上空から援護してやらなければ、成功するものも成功しない。
そう考えたからである。
目の前のF-20が緩い旋回でこちらを前に出そうとするが、その前にミサイルを発射して仕留める。ミサイルの白煙が敵機に迫り、爆発、炎を噴いた機体から、パイロットが空へと飛び出す。既に、輸送機の第4派が街に到着しており、ほぼ街は制圧されているといってもいい。だが、空は別で、いまだにベルカ軍の戦闘機が空を舞っている。既に、6機のF-16、2機のF-20を撃墜したサイファーは、次の目標を探した。レーダーに目を落とすと、輸送機の進路上に敵の反応が3つ。後ろにガルム2がいる事を確認した後、敵へと向かった。敵機は、こちらが近づくのに気づいたのか、正面から向かってくる。正面での攻撃は、ガルムの得意技であるのを知らずに、だ。知らず、口元に笑みが浮かんだ。そのうち、敵機との距離が700を切る。20°バンク、機銃のトリガーを引く。発射された弾丸が敵機を襲う。敵機のうち、2機は煙を吹いて通り過ぎたが、もう1機は機銃を発射しながら突っ込んできた。ロールでかわしたときに、通り過ぎる敵機のシルエットが見えた。もはや、笑みを浮かべるどころではない。あれは…
「あっ…あ……うあ、…」
<<サイファー?>>
通り過ぎた、敵機のシルエットは…
「うっ、、…あ…あっ、、…」
<<サイファー、どうしたんだ?>>
あのシルエットは…
「うっ、、’’う…’’。。。」
<<サイファー!後ろに回りこまれたぞ!かわせ!>>
Mig-31、フォックスハウンド……。………黒い鳥……
あの鳥と同じだった。
「うわあぁぁぁぁーーー!!!」
何かが私の中であふれた。それを止める術も無く、私の体がその何かにのまれていく。
<<うわあぁぁぁぁーーー!!!>>
「ぐあっ!」
(なんだ、いきなり!どうしたんだ?)
敵機を撃墜してから、いや、敵機とすれ違った辺りから相棒の様子が一変した。そして、いきなり耳を劈く大声を上げたかと思うと、真後ろに付いたフォックスハウンドを猛然と追い掛け回した。当然、敵機もそれに対抗しているため、相棒の機体の後ろからなかなか離れない。パイロットの腕が良いのではない。相棒の操縦がめちゃくちゃなのだ。既に、戦術やACMを完全に無視したホーネットが幾度も攻撃を受け、その度にぎりぎりのところでかわしている。そのうち、失速して高度の落ちた相棒の機体が山肌すれすれを飛んでいった。その間、まるで狂ったように叫びながら敵のMig-31を追いかけながら。敵は、落ちそうで落ちない相棒に業を煮やしたのか高速戦闘に切り替えたようだ。一気に速度をつけて引き離した敵機に向かって、まるで闘牛のように突っ込んでいく相棒に声を張り上げて呼びかける。
「サイファー、それは罠だ!行くんじゃない!」
味方の機体も、騒ぎを聞きつけた何機かが集まってきた。
<<サイファー、一体どうしたんだよ!?何があったんだ?>>
<<ガルム2、ガルム1を止めろ。このままでは危険だ!>>
(分かってるよ!!)
愛機のイーグルで、突撃していった相棒の後を追おうとするが、既にかなり引き離されている。そして更に悪いことに、既に敵機は反転して攻撃態勢に入っている。このままでは、まっすぐ突っ込んでいくサイファーは正面から攻撃を受けることになる。
まずい!
誰もがそう思ったことだろう。だが、相棒は正面から攻撃を受ける瞬間、あの独特の姿勢で機銃を発射していた。そして、コックピットを撃ち抜かれた敵機が、山肌へと落ちてゆく。俺は周辺の安全を確認した後、すぐにサイファーの機体のそばに向かう。
<<はぁ、はぁ…>>
無線から、相棒の荒い息が聞こえる。俺は、出来る限り相棒に刺激を与えないようにゆっくりと声を掛けて、相棒を安心させようとする。
「相棒、敵機は落ちたぜ。それに、街のほうももう終わりだ」
その言葉は嘘ではない。既に、最後の輸送機から部隊が降下していくところだ。俺たちは、その上空をゆっくりと旋回して、朝日に包まれつつある山間の町を見渡した。
<<こちらイーグルアイ、作戦司令部からの入電だ>>
やがて、AWACSから通信が入る。
<<『降下作戦は成功』ソーリス・オルトゥス付近の敵勢力も一掃された。後は降りた奴らの仕事だ、航空部隊は帰投せよ>>
それは、今回の任務の終わりを告げる通信。いつもなら、ここで歓声なり、帰ってはしゃごうとする傭兵たちの話し声が聞こえるはずだが、今日だけはまったく聞こえない。皆がさっきのサイファーの暴走の事を考えていた。そのまま、誰も帰ろうとしないまま時間が過ぎていく。
<<…航空隊、帰投せよ。今は、帰って休むべきだ>>
「…了解」
イーグルアイの指示に従って、俺たちはヴァレーへと進路を取った。サイファーは、一言も喋らない。
「サイファー、大丈夫か?」
<<……>>
その途中で、幾人もが相棒の事を気にかけていた。だが、誰が声を掛けても沈黙が返るのみ。もはや、打つ手は無し、とばかりに、ヴァレーに着く前に声を掛ける奴もいなくなってしまった。それでも、俺とシンキチは、声を掛け続けた。このまま、サイファーを黒い感情に囚われたままにするまい、と。
俺たちには、互いに言葉を発しなくても分かっていることがある。間違いなく、相棒の暗い記憶がよみがえってしまったのだと。だが、その切っ掛けがわからない。あの時、敵機を撃墜して、生き残りの敵機からの攻撃を回避した直後、相棒は何事かをうわ言のように呟きながら、機体の制御もおろそかにただ空を飛んでいた。つまり、攻撃から回避に移った間。この、ごく限りない時間に相棒の心を揺さぶった何かがあった。
(やはり、司令に問い詰める必要があるな)
俺は、自分が仕事の範疇を超えて行動していることに気づいていなかった。それを、ごく自然に受け止めていたのだ。
[ヴァレー空軍基地 5月12日 06時33分]
"Valais Air Base" 0633hrs. 12 May 1995
サイファーの機体は、いつものようにヴァレーの滑走路に降りていった。だが、少なくとも俺には、その動きがぎこちなく見えた。だから、タキシングしているときもサイファーの機体を注意深く見張っていた。異変はすぐにわかった。ハンガーのそばまで来ているのに、キャノピーが開かれない。だが、機体は綺麗に駐機スペースへと滑り込むように止まった。それでも、キャノピーが開かれることは無い。俺はすぐに機体から降りると、サイファーの機体へと走っていく。騒ぎを聞きつけた基地の連中がすぐに集まりだしてきた。機体の下から呼びかけてみても、一向にキャノピーが開く気配が無い。その後すぐに来たアルに、キャノピーを外部操作してもらい、ようやくキャノピーが開かれた。そばにいた整備兵からひったくるようにタラップを取り、コックピットの縁にかけてすぐに昇る。昇った俺が見たのは、操縦桿に寄りかかるように前かがみになっているサイファーの姿だった。すぐにドクターを呼んでもらうように行ってから、相棒の顔を掴んで持ち上げてみる。どうやら、息はしているようだが、何が起きているのか皆目わからない以上、下手な事をするのは危険だ。
「一旦、下ろしましょう」
反対側からタラップに乗ったアルと相談して、サイファーを機体から下ろすことにする。うなずいてハーネスを外し、いったん俺は降り、アルが体を持ち上げて俺が下から支える。アルが手を離した時に、サイファーの体が俺のほうへと倒れこんだが、全体重が以上のもの掛かっているにもかかわらずこんなにも軽いのかと、驚いてしまった。女性経験が無いわけではない、だが、相棒の体は、戦闘機パイロットとしてはどう考えても軽すぎる気がする。ともかく、今は相棒を医務室に運ぶことが優先だ。相棒を背負って、アルが乗ってきたジープへと向かう。
また、私は暗闇の中にいた。一体いつになったら、この闇から出ることが出来るのか。床という概念が存在するのかはわからないが、足を負ってふさぎ込んでいる私の前では、紅く染められた風景の中で、死んだパイロットの死体が横たわっている。それは、先ほどの空戦で私が殺したパイロットなのだ。理論や、概念とかではなく、ただ漠然と判るだけ。だが、間違いなく先ほど私が殺した人間だ。飛び散った血だけが、黒い闇の中で黒くうごめいている。
どうして?どうして?
何故、殺してしまったのか。どんなに考えても答えは一つしかない。自分の理不尽な理由で、この人は死んでしまった。涙が溢れ出して、もう自分が何を見ているのかもわからない。私は、そのまま闇の中でうずくまってしまおうかと思っていた。そうしたほうが、まだましだと、そうしてしまいたい、と。
しかし、その時一筋の光が差し込んだ。その光に顔を上げた私に、遠くからなのか、近くからなのかも判らない光が差し込む。光は、私の涙でぬれた顔を照らし出し、まるで私をいざなっているかのようだ。私は、無意識に光へと手を差し伸べた。私の体を光が照らしているはずなのに、見ていてまったくまぶしく感じない。
一体、この光はなんなのか?突然、光がその光度を増した。一瞬目がくらみ、瞳を再び開けたとき、私は誰かの腕の中にいた。だが、意識がはっきりしない。目も、よく見えない。顔だけを、私を運んでいるだろう人物に向ける。
…誰?
目を凝らしてみてみるが、焦点が合わない私の視界はぼやけたままで何も映さない。その人は、ゆっくりと歩いているようだった。だけど、私をしっかりと掴んで離さない。
……エリオット?
やがて、視界が少しだけ綺麗になると、光で金色に反射する髪と、青い瞳が目に入った。
…ラ…リ…ィ…
そして、私の意識は再び暗転した。ただ、あの夢は見そうになかった。私を、やさしく包んでくれる光がいたから。どうしてだろう?何故、こんなにも、安心するのだろうか?だけど、今だけは、心地よく眠らせて…。私は、目を閉じて、光が包む中、眠りに落ちた。それが、なんなのかも知らず。
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