[ヴァレー空軍基地医務室 5月12日 11時25分]
"Valais Air Base, Medical Room" 1125hrs. 12 May 1995
ヴァレーの医務室は、消毒液の匂いをその中に留めながら、静寂に包まれていた。今、部屋の中にいるのは看護兵のポーラ・ヴェルレーヌと、サイファーの二人のみ。時折聞こえる、サイファーの呻き声に何か起きたのではないかと彼女の様子を見る事を繰り返し、ここに運び込まれてからずっと看病をし続けてきたポーラは、サイファーの整った顔をタオルで拭きながら、サイファー自身の事を考えていた。今までに、自分自身の事を語ったことはなく、女性同士の集まりにも出ることのない。戦場だけでなく、地上にあっても常に一人であり続けている、孤高のエース。そんな人が、どうしてこんなことになってしまったのか、と。任務の途中で半狂乱になり、基地にはなんとか戻れたが、その時には既に意識を失っており、そのまま医務室に運ばれることになった。診察の結果は、軽い栄養失調と、若干の疲労がたまっているため、栄養剤を点滴で投与し、しばらく安静という結果が出た。しかし、ベッドで横になっているサイファーを見る限り、それだけではないことは明らかだ。時々、うわ言で何かを呟いているのが、その一つ。そのほとんどが、意味を成さない言葉であったが、二つだけ、その意味を知ることの許されることの無い言葉があった。おそらく、意識が戻っても意味を教えてくれることはまず無いだろう。それだけの重みを持っているであろう、言葉だった。
「…お父さん……エリ…オッ…ト」
サイファーの瞳から涙が流れ落ちる。ポーラが顔を拭いているのは、流れている涙を拭ってやる為だった。ポーラは、その特徴的な紫の瞳に、悲しみの色をにじませながら、サイファーの安らかな眠りを見守っている。
[司令執務室 同時刻]
"Commander's Room" 1125hrs. 12 May 1995
「どういうことなのか説明してもらおうか」
司令室の中に、ラリーの低い声が響く。以前ここを訪れたときは、司令の方から呼び出されたが、今度は俺たちの側から尋ねる事になった。サイファーが、どうしてあんな風になったのか、聞きだすために。そして、勇んで部屋に入ったときには、既に先客があった。AWACSの管制官、ジェームズ・グリアー中佐だ。見た目は、ごつい顔つきに大きな体、普段は無愛想で強面のように見えるが、意外と気さくなところもあり、時折傭兵部隊に混じって酒を飲んでいる姿を見ることも出来る。その中佐も、こちらを見ると今回はお手上げだといわんばかりに肩をすくめていた。俺は、執務机の上で組んだ手に顎をかけた司令の目を見つめ、話を続ける。
「サイファーの過去に問題があったのは知っていた。だが、あんな状態のことは、聞いてはいなかった」
低く構えた俺が話すのを聞いても、司令は悠然と構えるだけ。
「これは、いったいどういう事だ?」
司令は、しばらく経ってからその雰囲気に合わせるかのように、ゆっくりと話し始めた。
「私は言ったはずだ。彼女は鬼になった、と」
「それがあの姿、だというのか?」
隣に立っていたシンキチが口をはさんだ。シンキチも、今回のサイファーの姿を見て、俺たちが頼まれた役目が、ただの頼みごとや何かではないことに気づいているのだろう。その顔は、厳しいものだ。
「私が、ウスティオ軍の前線が崩壊した時期に、彼女と共にディジョンから撤退していたのは、話したな」
俺とシンキチがうなずく。グリアーの旦那も、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせていながらも、しっかりと話は聞く、という態度を見せている。司令は、全員の顔を見回した後、再び口を開いた。
「敗走していた私の部隊を追撃してきた部隊は、今日彼女の心を惑わせたのと同じ、Mig-31、フォックスハウンドだった」
司令は、組んでいた手を下ろし、こちらを見ながら話し始めた。
「彼女が鬼になったのは、追撃して来たベルカ軍が野蛮であったのでも、味方がいないために全力を出すしかなかったのでもない。ただ、あの機体を見ただけ、それだけで彼女は全てを破壊しつくしたんだ。鬼のように…」
最後の方は、顔をうつむかせて。司令の手が、震えているように見える。俺たちがそれを見ているのに気づいたのか、司令は咳払いをしてから机の鍵をかけた引き出しから封筒を取り出した。その中身は、またもや写真だった。ただし、航空機のガンカメラ用のものだが。写されているのは、夕焼け雲の中、機体を夕日に反射させながら8機の編隊が飛び去ろうとしている写真だ。その大柄な機影は、Mig-31のもののようだ。日付を見ると、『1749 3.25 1995』とある。
「彼女のガンカメラの写真だ。夕焼けで機体の色の判別がし辛いが、間違いなくフォックスハウンドが写っている」
「これが…例の…?」
シンキチが、写真を振りながら司令に尋ねる。司令は、うなずくと、話を続ける。
「これが、ストラブルグ基地を襲った部隊のものであることは、ほぼ間違いない。そして、彼女の憎しみの元凶でもある」
俺たちは、言葉少なくその写真に見入った。夕焼けの空に、黒いその機体を見せているMig-31。相棒が、闇へと落とされた相手。そして、司令が出した封筒からはみ出ている焼き払われた街の写真が見えた。俺は、その写真を取り出すと、2枚の写真を並べて眺めた。灰色に焼かれた街とそいつらを見ていると、次第に俺の中で、何かがふつふつと沸き起こりだしていた。戦争の無慈悲さ、理不尽さ。そういったものが、相棒の心を蝕んだなら、それは俺にも同じことが言えるかもしれないのだ。自然、俺の目つきは鋭くなった。
俺がかつて所属したことのある傭兵部隊は、とある作戦において囮として使われていることすら知らされず、戦力差が5倍近い敵部隊の直中に取り残されることになった。仲間は、俺の目の前で次々と落とされていき、俺自身の機体も既に満身創痍の状態だった。攻撃の合間をぬって、敵部隊の包囲網を命からがら突破した俺は、帰還した後すぐに味方の攻撃にさらされることになった。当時、傭兵を雇った軍司令部の、悪行を表に出さない為に。俺たち傭兵にばかりやらせていた、自分自身の私利私欲の行動の証拠を隠滅する為だった。その頃だろうか、俺が戦争に対して批判的に考えるようになったのは。どうせ、戦争はなくならない。ならば、命をかけて戦っている俺たちが代価を受け取るのは正当な権利ではないか、と。だからこそ、俺にとって戦争への参加理由は金の為、だったのだ。そういった話をする時、俺はときに仲間から恐ろしいといわれるような目をするときがある。
その目を見たのだろうか、司令が俺の前から写真を取り上げ、封筒にしまってしまう。シンキチや、グリアー中佐からも写真を回収した司令は、再び封筒を引き出しの中に戻した。そして、最初のときのように、俺たちを見渡しながら言う。
「こんな事を知らせて、なお君たちに頼むのは、理不尽かもしれない。だがしかし、もはや君たちしかいないんだ。彼女を、サイファーを頼む」
俺たちに対して、頭まで下げて頼み込む司令の姿。俺は、その姿を見てしばし唖然としていた。あの司令が、ただの傭兵に頼みごとをする為に頭を下げる。今までに、どんな作戦であっても、ヴァレー組が勝ち続けて来たのは、この司令の手腕があったからこそであることは、ここの人間なら誰でも思っている。普通の基地なら決して起こり得ない光景。だが、ここは傭兵の巣、ヴァレーだ。それに答える傭兵も、一筋縄でない人間がいる。
「仕方ない、な。1度引き受けた仕事は、最後までやり通さなきゃ、評判悪くなるし。なぁ?」
シンキチが頭をかきながらもそれに答えた。だが、その顔には、精悍な笑いが浮かんでいた。
「ご命令とあれば、仕方ありませんな」
対して、隣のグリアーは綺麗に踵を鳴らした敬礼で答えた。同じように、顔は笑っていた。そして、俺、ラリー・フォルクとしての回答が求められる番となった。俺は、一時だけ目をつぶる。そして、今までに相棒と戦ってきた日々、そして地上で常に孤独に生きてきた相棒の姿を思い浮かべた。初めて見たのは、ベルカの爆撃阻止の日。最初は、いけ好かない奴かと思ったが、その日の夜に見た姿は、どこかが違うと思わせた。171号線、前回のように、凄腕を発揮したサイファー。そして、シンキチが現れ、俺たちの間に衝撃が走る。
『私の名前は、サイファー。それ以外は、何も無い』
171号線での任務の後、俺たちを前にして言い放った相棒の言葉が思い起こされた。あの時、相棒の目には何が映っていたのだろうか?自分の為に死んでいった父親と仲間たちのこと?それとも、俺たちとの係わり合いのこと?だが、どれも違う気がする。相棒のことは、この1ヶ月の間ずっと見てきたが、いまだにあいつが心を開いた存在を見たことが無い。唯一の例外が、森の中で見かけた猫だ。だが結局、俺の予想よりも深い問題であった為か、あの時以来、森に入っていったあいつの姿は見かけていない。つまり、あの森も、心を開ききれてはいなかったのだ。
『私には、何も、無い』
(…違うぞ、相棒。お前は何もかも失ってはいない。失ったと思い込んでいるだけだ…)
「フォルク君、君はどうするのかね?」
目を開くと、司令が俺の事を見ていた。すぐ隣のシンキチとグリアーも、こちらを見ている。俺の答えは、もう決まった。そして、決意を込めて、言い放つ。
「あいつは、俺の相棒だ。放っては、おかないさ」
司令も、シンキチも、グリアーも、笑ってその答えを受け入れてくれた。そして、俺も。お互いに手を握り合い、決意を確かめ合う。俺たちに出来ることは、何なのかはわからない。だが、決して相棒は見捨てない。それを、確かめ合った。
[ヴァレー空軍基地医務室 5月12日 12時15分]
"Valais Air Base, Medical Room" 1215hrs. 12 May 1995
相変わらず、サイファーはうわ言を呟いている。既に、点滴の注射は抜き、そろそろベッドの周りは穏やかな空気が包んでも良かったはずだ。サイファーの涙は、まだ流れている。ポーラは、サイファーが水分を失わないように水を含んだスポンジをサイファーの唇につけて湿らせながら、既に5時間近くになる看病を続けていた。看病、といっても、彼女の傍を付きっ切りで離れないだけのものだが、それだけに、神経を使う。山岳地帯の気候ゆえに、汗をかくということは無いので、服などの世話はしなくていいが、何しろ症状が症状である。いつまた、半狂乱の状態になってもおかしくない。その時に供えて、神経を常に張り詰めていなければならないのだ。そろそろ、ポーラの集中力も、限界に近づいたときになって、医務室の扉がノックされる。少しだけ、気分を切り替えになればいいな、と思いながら、手にしていたスポンジをボールの中の水に浸けて、仕切り代わりのカーテンを抜ける。そして、上げていたブロンドの髪を一旦下ろしてから扉へと向かう。二回目のノックがなっているときに扉を開いてみると、目の前にはロックンローラー、ジョン・トラヴィスが立っていた。その後ろには、ラリー・フォルクや、シン・キチの姿もある。
「サイファーの様子は?」
3人の中で最初に口を開いたのは、シンキチ。男三人で女性一人の心配をするのもなんだか、とも思ったが、そのことは顔に出さない。
「まだ眠ってるわ。時々、うわ言で誰かの名前を呟いてる」
ポーラはサイファーの方を振り返りながら答えたので、ジョンの後ろの二人の表情が硬くなっていくのに気づけなかった。
「入っても大丈夫?」
ジョンが首を傾けながらも、既に首を中に入れている。苦笑しつつ、部屋の中に招き入れる。すぐさまジョンは中に入るが、さすがにすぐにベッドの方へ向かうようなことはしなかった。そういうところに、気を配れるのが、この男のいいところだ。この基地の女性たちの間での彼の人気は、以外とあるのだ。そのかわり、サイファーに毎回アタックしている彼の姿にはどこか失望したような事を言っているが、それを考えた上でも結構な人気だ。何しろ、他人に対する気の配り方は1、2を争うような人間だ。そういう人間は、誰にでも好かれるものだ。
「なんだか、子供の頃に入った学校の保健室を思い出すな…」
そのトラヴィスは、こんな事を呟きながら薬品棚のところを眺めたりしている。対して、片羽の方はベッドから遠くも無く近くも無いところで部屋を見渡しつつも、カーテンの向こう側にいるサイファーを気にしているようだ。その後ろでは、シンキチの方もどこかそわそわしている。片羽は、どちらかと言えば隠れファンが多い人間だろう。整備兵にしても、傭兵、正規兵に関わらず、その勇名は知られている。しかし、その名前が売れすぎているからこそ、表立って行動する人間は少ないのだ。代わりに、ランディの取った写真は焼き増しされて基地中に配られている。そして、シンキチのほうは華やかな戦果こそ無いが、世界各地の戦場を転々としながらも、生き延びてきた猛者だ。充分、人気はある。だからこそ、その姿に再び苦笑しつつ、二人に声を掛ける。
「心配しなくても、何もありはしないわよ。ただ、寝てるだけなんだから」
「ああ、そうか…」
そうは言ったものの、やはりカーテンのそばまで近づいて、中をうかがう程度しかしない。ひょっとしたら、片羽の妖精は女に弱いのか、とも思ったが、他の女性とはごく普通に接しているのでそういう訳ではないだろう。ならばサイファーは、特別、ということか。片羽のような人間に特別扱いされていることに対し、少しだけサイファーに嫉妬に近い感情を持ちつつも、このままではしょうがないので、自分が先に入った後に片羽を中へと引きずり込む。中ではサイファーが、先ほど離れたときと同じに眠っていた。しかし、どこか表情が柔らかくなったような気がするのは気のせいだろうか?そう思ったりもしたが、気にせず先ほどのスポンジをもう1度手に持ち、余分な水分を絞ってから、サイファーの唇を湿らせる。片羽は、どこか所在無さげに見ているだけ。
「そんなところでつっ立ってないで、そばに来て座ったらどうなの?」
「あ、ああ…」
やはりどこか硬い反応。椅子に座るのも、どこかぎこちない。シンキチや、ジョンのほうはその傍で普通にしているのだが。ようやく座った片羽だが、そこで初めて私は、ラリー・フォルクの目を正面から見た。それは、私が今までにどこでも見てきたことの無いような、とても深いものだった。悲しみ?同情?怒り?それとも、喜び?一体何があの瞳に映されていたのだろうか?推し量る事も出来ずに、すぐに消えていってしまったその瞳を、再び見ることは出来なかった。片羽は、シーツからはみ出ていたサイファーの手を見ると、握るでもなく、持つでもなく、ただ手を上に置いたからだ。たったそれだけ。それだけなのに、サイファーの顔が穏やかになっている気がする。私は、驚いた。ジョンや、シンキチの反応もほとんど同じだ。やはり、片羽にとってサイファーが特別な存在ならば、サイファーにとっても、片羽は特別な存在なのだろうか?ポーラは、不思議な雰囲気の二人の事を、一人の人間として興味を持った。ごく普通の人間模様とは違った、二人の関係に。
そのまま、看病を始めてから流れることの無かった穏やかな空気が流れた。片羽は、手を元の位置に戻し、その後はサイファーのほうを見るでもなく、シンキチたちと話し始めている。私は、もう一度、スポンジに水分をつけて、サイファーの唇を湿らせようとした。その時になって初めて、既にサイファーの瞳が開かれていることに気づいた。そして、その口が、言葉をつむぎだす。
「今、何時?」
「…12時20分だな」
片羽とのごく普通の会話にほっとしつつも、サイファーの状態を確認する。もしも、万が一があってはならないのだ。回りの人間の注目を浴びながら、サイファーの状態を確認する。眼球は、異常なし。感覚がおかしいところは無い。意識はしっかりしている。
「どうやら、大丈夫みたいだね…」
そういったときに、回りの人間の緊張が解けるのがわかった。私自身も少しだけ緊張を解き、カルテに症状を記載していると、サイファーがこちらを見ていることに気づいた。何かあるのだろうか?
「何かあるの?」
周りの男3人集もこちらの話に耳を寄せている中、サイファーが再び口を開いた。
「…お腹空いた」
…こけてしまった。
[指令執務室 12時30分]
"Commander's Room" 1230hrs. 12 May 1995
「そうですか、解放作戦の準備は、既に実施段階に近い状態ですか
…こちらのほうは、傭兵たちに休暇の延期料金を払う事を考えなければ、今すぐにでも出せます
…わかっております、その程度の金額は足した額ではありません。
それよりも、工作部隊の方は?…既に、潜入しましたか…
それでは、やはり当初の予定通りに、24時間後で…
ええ。しかし閣下、それは…
いえ、確かにそうですが…
…はい、はい…わかりました
必ず、ガルムの2機は飛ばします」
受話器を静かに、だが少しだけ荒く置く。
「まったく、傭兵の事を使い捨ての何かと勘違いしているんじゃなかろうな…」
オズワルド司令は、ため息をつきつつ愚痴をこぼす。しかし、司令部は既に以前ガルムの2機を囮として使っている。しかも、こちらに知らせてきたのは作戦終了間際でだ。どう考えても、この扱いはおかしい。彼らのおかげで、ウスティオは全土を占領されることも無く、ようやく首都に手が届くところまで来れたのだ。その代価がこれでは、割に合わないだろう。しかし、ガルム隊を宣伝することを提案したのは失敗だったかもしれない。確かに、敗戦ムードの漂っていたウスティオの兵士たちの士気を高めると言う目的は果たせた。だが、そのかわりガルム隊の戦果が誇張されて報道されたため、司令部の人間にもガルムの無敵神話のような話が出てきている。そんなものがただの幻想であることは、ここにいる人間なら誰でも知っている。サイファーの姿を、自分の目で見て、彼女という人間を知っている者なら。しかし、戦果の報道はいまだに誇張を含むものばかりだ。その為に、司令部から下りるガルム隊の仕事が増える。いい加減、この状態を止めないと、後でこちらが泥を被ることになる。そのために、ランディ・ウォルコットのような人間をこの基地に入れたのだ。彼の記事が、この状態に楔を打つような物である事を、今は願うしかない。オズワルド司令は、肘をついて窓から見える滑走路の風景に目を向ける。ちょうど、輸送部隊のC-130編隊が着陸するところだ。この輸送機に搭載されている物資で、この基地が明日の戦いへの準備をするための資材は整う。しかし、いまだにサイファーの意識は、不明。そんな状態の彼女が、明日の出撃に耐えられるか?オズワルド司令は、さまざまな問題に頭を悩ませるが、その事を表面に出すことは無い。そういったことは、周りの部下達の士気を下げることにもなりかねない。その時、執務室の電話が鳴った。受話器をとって、耳に当てる。
「私だ…。…うむ、そうか…わかった、ありがとう」
受話器を置いた司令は、窓に置かれた写真立ての方を見た後、執務室を後にした。写真立ての人物は、ただ微笑んでいるだけ。ただ、今までに無かった写真立てが追加されている。その一つだけが、伏せられていた。
[ヴァレー空軍基地医務室 5月12日 12時55分]
"Valais Air Base, Medical Room" 1255hrs. 12 May 1995
ようやく目を覚ましたサイファーは、声を掛けた俺たちの心配をよそにいつものように言葉少なく対応しただけ
だった。まあ、食事を取りたいといったときには、こっちの心配も何のそのな態度にちょっと呆れたりもしたが。だが、それだけでも十分に回復したといえた。朝のときの、あの状態に比べれば、返事が返ってくるだけでもましというものだ。今は、ポーラの運んだ食事を静かに食べている。しかし、ジョンはサイファーが時々ラリーのほうを見ているのに気づいていた。とはいっても、ラリーがそのことに気づいてサイファーのほうを向けば、彼女はまた食事に戻るだけだ。そして、気づけばまたラリーのほうを見ている。その事を食事の間中繰り返してきたが、食事が終わればそのことも終わる。そう思っていたのだが、事態は予想外の展開を見せた。突然、サイファーがラリーの手を取って、両手で包み込むようにしたのだ。医務室の中を、静寂が包む。ラリーの反応は、むしろ何も無い。突然のことに、反応できていないのだろう。まるで、ラリーの手の感触を確かめるようにしているサイファー。僅かな間、その体制を維持したサイファーは、不意に悲しげな顔をした後にラリーの手を離すと、ベッドから降り、そのまま医務室を出て行ってしまった。一体何が起きたのか?止まっていた思考をめぐらせて考えてみても、その答えは出そうに無かった。ともかく、サイファーの様子は一時的であっても快方へと向かった。そして、医務室は大騒動の発生場所となった。
「ピクシィィィーー!!!貴様ぁぁーーー!!!」
「待てっ!!俺は何もしてないぞ!?」
「天誅ーーー!!」
とりあえず、裏切り者は殲滅しなければ…
[ウスティオ首都ディレクタス 5月13日 16時00分]
"Directus, Capital of Ustio" 1600hrs. 13 May 1995
ベルカ陸軍、第34戦車大隊所属のホルスト・ヴァルトマン中尉は、ウスティオ独立のとき以来歩いていなかった通りを歩き、当時の自分の家に向かっていた。1988年、財政難に陥ったベルカからウスティオが独立した時、ヴァルトマンは当時ハイスクールの生徒だった。円卓より北側に住んでいた家族に見送られて、ディレクタスでの学業に励んでいたときに彼が住んでいた家。親の知り合いの関係で居候させてもらっていたあの家へと、ホルストは歩き続ける。あの家でお世話になった夫婦はとても優しく、困ったときなどはよく相談を聞いてくれたものだ。だが、ウスティオ解放の為に、ベルカ国籍の彼は一時的に帰国せざるを得なくなった。そのため、あの家の家族全員に見送られ、名残惜しみつつその家を後にしたのだ。通りの3番目の曲がり道を曲がってすぐのところに、その家は今でもその姿を残していた。赤いレンガで造られた家、屋根は薄い茶色、庭には車が2台入るガレージ。ヴァルトマンは、まったく変わっていないその姿に嬉しく思っていた。それと同時に、変わってしまった自分を、悲しく思っていた。ベルカの軍人になり、戦争という行為の中で生きてきたヴァルトマンは、既に自分はあのときから時を経ているのだということを感じていたのだ。そして、変わってしまった自分の姿に、どこか恐ろしさを覚えてもいた。それ故に、ドアの前まで来ても、その扉を叩くべきかで迷ってしまう。何度も考え、そして10分が過ぎてしまった。
「ホルスト?」
その時、後ろから声を掛けられた。振り返ると、そこには家の前に停められた自動車から降りてきたと思われるブロンドの髪の女性が立っていた。徐々に近づきながらも、こちらの事をずっと見続けている。
「ホルスト・ヴァルトマン?」
ホルストは、その姿と声に慨視感を覚えた。この家にいた頃は、毎日いつも見ていた光景。
「ハンナか?ハンナ・マイヘルベック?」
「あぁ、ホルスト!」
ハンナ・マイヘルベック。この家に住む、マイヘルベック家の長女。この家に住んでいた頃は、いつもホルストの世話をしてくれた。あの時は、お互いに意識しあっていたのかもしれない。実に7年ぶりにあった二人。その感動の再会であったはずは、突然張り上げられた声によって打ち消された。
「ハンナ!そいつに近づくんじゃない!」
声の方向を向くと、ハンナが降りてきた自動車から出てきた男性が、こちらを顔を怒らせて見ていた。僕は、その人にも見覚えがあった。
「フェルディナントさん…」
フェルディナント・マイヘルバック。この家の家長であり、ハンナの父親。この家にいたときは、無愛想な、それでいて気遣いの出来る人だと思っていた。よく、親身になって話を聞いてくれた。しかし、今目の前にいるフェルディナントさんは、親切なおじさんではなく、娘に対して近づく敵に対して威嚇している、ただの父親だった。
「お父さん、ホルストよ!ホルスト・ヴァルトマンなのよ!」
僕を庇うかのようにフェルディナントさんに反抗したハンナだったが、フェルディナントさんがその言葉に耳を貸すようには見えない。
「早く離れるんだ!そいつは、ベルカだろうが!」
そう、僕は、ベルカの軍人だ。今も、軍服に身を包んで、目の前で繰り広げられる論争に唖然としていた。この家に住んでいた7年前までは、こんな光景を見ることになるとは思ってもいなかった。いつも、お互いに笑いあっていたような幸せな家族だった二人が、言い争うなんて…。春も真っ盛りだというのに、悲しみが僕の心に吹きすさぶ。
「お父さん!どうしてホルストにそんな事を言うの!?」
「うるさい!俺は、この町を愛していたんだぞ!それを、ベルカの奴らが汚したんだ!だから、ベルカを追い出すんだ!」
「でも、ホルストなのよ?仲良しだった、あのホルストなのよ!?」
「なんだろうと、ベルカはベルカだ!早くそいつから離れろ!」
ハンナの声に、まったく耳を貸さず、それどころか、自動車の中から拳銃まで取り出し、こちらへ向けたフェルディナントさん。その時、僕はこの家にはもはや居場所は無いのだと悟った。そうとも、僕はベルカ人なのさ。もう、昔に戻ることは出来ないのだ。そのことが、僕の心に突き刺さる。そして、僕の前で僕を庇う為に立っていたハンナに声を掛けた。
「もう良いよ、ハンナ」
「でも…!」
振り返って、僕のほうを見たハンナの目。僕はその目に向かって、微笑みつつも、自分の考えを伝える。
「この家には、もう来るべきじゃなかったんだ…」
「ホルスト…」
ハンナの横を通り過ぎ、フェルディナントさんの傍を歩いて、元来た道へと足を向ける。後ろで、ハンナがフェルディナントさんに捕まっているのがわかった。僕は振り返ると、おそらく彼女とは最後の別れになるであろう言葉を口にする。
「それじゃ…さよなら、ハンナ」
そして、踵を返して通りへと歩き出す。もはや、この家に来るつもりは、僕の中には無かった。
「やっぱり来るんじゃなかった…」
ホルストは、町の中を一人で歩いていた。行きかう人々は、そんなホルストを避けるように歩いている。むしろ、嫌そうな顔をしているといってもいい。どの人も同じ。まるで、そこにホルストがいることすら、否定しているかのようだ。そこに、昔ホルストの過ごした街の姿は無かった。そのことが、更にホルストの心に突き刺さる。
(結局、この街に僕の居場所はないんだな…)
そんな事を考え、通りの隅を一人で歩いていた。そもそも、この戦いはベルカの一方的な侵略だった。占領地の人々からすれば、ベルカは絶対的な侵略者に他ならなかったのだ。それを、秘密警察のような憎悪を駆り立てるもので押さえつければ、いずれは抑えきれなくなる。そして、そのときは既に身近に迫っているはずだ。既に、山間のソーリス・オルトゥスに連合軍が進出している。そこから街道を使えば、ディレクタスまでは一日と掛からない。つまり、いつ攻撃が起きても、たとえそれが今日であってもおかしくは無いのだ。それに、ここはベルカのウスティオ方面軍司令部が置かれている。しかしながら、迫り来る連合軍に対抗するには戦力も、人員も不足気味である。そうであったからこそ、ホルストは部隊を一時的とはいえ、抜け出すことが出来たのだ。本来であったなら、脱走の現行犯としてその場で射殺されてもおかしくは無い。
しばらく歩いているうちに、グレースケレ川に架かる橋にたどり着いた。いつも、学校が終わった後に、ハンナと歩いた橋。その中央付近に差し掛かったとき、後ろから声を掛けられた。振り返ってみると、ブロンドの髪を夕焼けに輝かせてハンナが走ってきていた。
「ハンナ?どうしてここに?」
「はぁ…はぁ、一言、言いたかった、事が、あるの、…はぁ…」
とりあえず、彼女の息を整える為に近くでジュースを買って、川原のベンチに腰掛けた。ベンチはよく手入れがされており、雄飛が差し込む川辺を見渡すのには最適の場所にあった。座った僕の隣で買ったオレンジジュースを、おいしそうに飲んでいるハンナ。
「ふう、おいしいっ」
「落ち着いた?」
「うん、なんとか」
そう言って、にこやかに笑った彼女の笑いは、7年前とまったく変わっていない。僕は、その姿に自分の心が沈むのを感じる。
「…君は、あの時とまったく変わっていないね…」
「何が?」
その向こうを、ハイスクールぐらいの男女二人組が歩きすぎていった。ちょうど、昔の僕らのように…。
「僕は変わってしまった…ベルカの兵士となって、戦争の中で戦ってきたんだ…」
「でも、あなたがホルスト・ヴァルトマンであることは変わらないんでしょ?」
「戦いの中で、何人も人を殺してきたんだよ……もう、僕達はあの時の様にはなれないよ…」
そう、もう僕はあの時に戻ることは出来ない。戻るには、僕は自分の手を汚しすぎている。だから、今ここで、過去にけりをつけなければならない。でも、それは…ハンナの事を忘れるということだ。僕がこの街に始めてきたとき、親切にしてくれた彼女を。
始めてきた場所。見知らぬ街。今後への漠然とした不安。当時はハイスクールに入ったばかりだった僕にとって、それはとてつもない重荷だった。そういったものに押しつぶされそうになっていた僕を、支えてくれたのは彼女だ。良くこの街を二人で歩き回った。気に入った店に入り、僕が働いて稼いだお金で、彼女へのプレゼントを買ったりもした。学校では、友達が作りづらくて、孤立しそうになった僕を、率先して人の輪に馴染ませようとしてくれた。そんな彼女を、僕は次第に意識し始めていたのかもしれない。次第に、彼女のことが気になり始めていた。彼女もまた、そう思っていたのかもしれない。でも、現実は残酷だった。僕の家は、円卓と呼ばれる山岳地帯の北側に位置する。だから、ウスティオ共和国が誕生したとき、僕はベルカの人間だった。その後の領土縮小においても、僕の街がウスティオに入ることは無かった。
そして、ベルカの戦争準備のための徴集によって、僕は軍に入ることになった。人を殺す為の訓練。本当だったら、逃げ出してしまいたかった。僕に、そんなことは出来るはずは無い、と。でも、そんな事をすれば、僕だけでなく家族にも秘密警察の手が及ぶだろう。逃げ出すことは、叶わなかった。せめて、この街に、ウスティオに攻め入るのだけは避けたい。その願いもむなしく、僕の部隊はウスティオに攻め入った。そして、各地での連合軍の反撃によって、部隊は後方へと送られるうちに、ディレクタスへとたどり着いた。僕が、一番来たくなかった街。でも、一番来たかった街。そして今は、すぐにでも離れたい街となった。
ハンナは、その綺麗な瞳に悲しみの色を見せると、こう言った。
「でも、あなたがホルストであることに変わりは無いわ。たとえ、人殺しであっても…」
ああ、ハンナ…。どうしてそんな事が言えるんだい?僕は、こんなにも汚れているというのに…。
「私にとって、ホルストは一人だけなのよ…お願いだから…」
彼女の瞳から、涙が零れ落ちる。僕はその涙を見ても、心の葛藤に苦しんでいた。本当に、僕に彼女を愛する権利があるのか?こんな、人殺しの僕に…。
「…お母さんはね、ベルカがこの町を占領したときに、ベルカ軍の攻撃で大怪我をしてしまって、今でも中央病院の集中治療室で眠り続けてるわ…」
彼女は、言葉をつむぎだす。
「お父さんは、最初の頃はあんなんじゃなかった。でも、お母さんが怪我をしたって聞いたときから、ベルカの事を憎み始めたの…」
その言葉は、罪の告白のように重苦しかった。
「そして、今では、レジスタンスに入って、ディレクタスの解放をするんだって言ってる…」
だがそれは、彼女が悲しみを抱えているからこその言葉。
「でも、私はそんな事どうでもいいの。お父さんも、お母さんも…あなたも…傍に居てくれるだけでよかったのに…」
顔を両手で覆ってふさぎ込んでしまったハンナを、僕は自然と優しく抱きしめていた。それぐらいしか、僕に出来そうに無かったからなのか。でも、今だけは。彼女の悲しみを少しでも和らげる為に。罪深い僕をお許しください。僕の生まれた地方で有名な、戦乙女の神に心の中で謝罪をする。名前がなんと言ったのかは、忘れてしまったが。
「どうして?どうして戦いがきたの?何で、戦争なんて始めたの?」
彼女の涙は流れ続けている。どうして、戦いを始めなければならなかったのか…。その答えは、僕なんかにはわからない。でも、彼女を苦しめることは、もう終わらせたい。だけどその事を、僕にする資格があるのか?その時、突然空襲警報のサイレンが鳴り響いた。それと同時に、遠くの方から、軍隊の動く音が聞こえてくる。
(もう連合軍が来たのか!?)
すぐに空を見上げるが、まだ対空砲の音は聞こえない。ということは、まだ空襲まで時間がある。腕の中で、不安げな顔をしているハンナの肩を掴んで、サイレンにかき消されないような大声で言う。
「君はすぐに家に戻って!戦いが終わるまでは、絶対に家を出ないようにするんだ!」
「あなたはどうするの!?」
心配そうな顔をしながら、僕に尋ねてきたハンナに、自分で決めた事を話す。
「僕は一旦、部隊に戻る!」
「いやっ!」
聴いた瞬間に、僕の体を抱きしめて、行かせまいとするハンナ。
「絶対にどこにも行かないで!私の傍に居て!」
でも、僕にはやらなければならないことがある。僕の部隊は、戦車を有する、打撃部隊だ。当然、この町での戦闘の主体になる。だが、部隊の指揮官は最低の男といっていい。もし、市民にでも発砲することがあれば…。そして、あいつならそんなことでも、平気でするだろう、という確証があった。そんな事はさせない。心の奥から怒りがこみ上げてくるのがわかる。ほんの僅かな時間だったが、ハンナとあったことが、僕の心に大きな変化を及ぼしていた。そして、彼女の涙が、僕の決意を固めてくれる。
部隊には、気のいい仲間たちもいる。彼らに、戦うなとは言わない。でも、民間人の虐殺のような事をさせない為にも、僕が行くしかない。あの男以外で、部隊の指揮を取れそうなのは、僕しかいないんだ。だから、ハンナに辛いことを強いるのは心苦しいし、僕にとっても辛いことだが、今は行くしかないのだ。悲劇が起きる前に。でも、涙を流して僕にしがみついているハンナを振りほどくようなことはしたくない。では、どうすれば?その時、頭の中で同じ戦車に乗っている、ヴィクトールの言葉が思い出された。
『愛する女性に約束をするときはな、キスをしながらやるといいだ。特に、俺たちみたいな軍人の出発の時はな。そして、その女性の元に必ず帰る、自分の心には、常に素直であり続ける。これが、いい兵士の条件だ』
聞いたときは、的を得ているようで自分の趣味に走っている言葉に呆れていたが、今はその言葉の意味が分かる。そして、自分の心に素直になる。その意味も、だ。僕は、ハンナの顔を両手で優しく包み込むと、ゆっくりと、顔を傾けた。突然のことで戸惑っているハンナの、その唇に近づく。しばしの間、その体勢を維持する。でも、7年が過ぎてから、自分の心に素直になるというのは、遅すぎたのかもしれない。そう思って唇を離したとき、ハンナの顔は夕焼け以外の理由で真っ赤になっていた。おそらく、僕の顔を巻けず劣らず赤くなっているだろう。7年の時間も関係ないさ。僕は、自分の心に素直になったんだから。恥ずかしいのを我慢して、次の言葉を口にする。
「必ず君の元へ戻るよ。そしたら、今の続きをしよう」
彼女を手を振り解いて、僕は部隊の配備されている第4行政地区に向かって走り出す。後ろで、ハンナが叫んでいるのが聞こえる。フェルディナントさんには理解されないかもしれない。だけど、僕にはやらなければならないことがあるんだ。ホルスト・ヴァルトマンとして。この町を愛する、一人の人間として。そして、…彼女を愛しているからこそ、やらなければならないことが…
[ディレクタス 5月13日 16時30分]
"Directus" 017' 28' 01'' N, 238' 25' 51' E 1630hrs. 13 May 1995
<<首都、ディレクタス解放作戦、『コンスタンティーン』を発動する!俺たちの首都を取り戻すぞ!!>>
俺たちは、ディレクタスから既に数マイルの地点にまで迫っていた。サイファーは、昨日目覚めてからはいつもと変わりない姿で過ごしてきた。心配していた症状が繰り返す事もなく、ごく普通の姿の相棒。ついでに、医務室での出来事は基地中に知れ渡り、からかいの集中砲火は俺一人に向けられた。
曰く、一人だけサイファーの気を引いたのはずるい。曰く、寝込みの美女を襲った野獣。
いい加減にして欲しかったが、相棒の無口さも助けになって、今日の昼ごろには笑い話に出来るようにはなった。しかし、一体何を考えてあんな行動に出たのか?その疑問に答えることは無かった相棒。だが、今回の出撃には執拗にこだわった。なんとしてでも、出撃すると。元々、傭兵の作戦参加に対しての命令権は特例を除いて存在しない。そのため、司令も出撃を認めざるをえなくなった。そして、今は攻撃隊の先鋒を務めている。俺は、その姿に一抹の不安を覚えざるを得ない。相棒の中の闇が、昨日表に出たばかりだからだ。それに、医務室でのこともあった。だから、もしもの時は、俺はたとえ無理やりであっても、サイファーをこちら側の世界に引き寄せるつもりだった。闇の世界ではない、光の差し込む世界に。しかし、今はウスティオにおいて最も重要な作戦の最中。この作戦で、相棒のような凄腕が居ることは、何よりも頼りになる。
「サイファー、この作戦は成功するぞ。お前の力があれば間違いない」
<<…どういう意味?>>
無線から、相棒の不思議そうな声が聞こえてくる。まあ、確かに相棒の腕がどんなに凄くても、それが作戦の成功に直接つながるわけではない。しかし、こういうときにはみんなを率いる存在が要るものだ。今の俺たちにとって、、相棒以上に適役な奴はいない。
「お前の力なら、俺たちに勝利を導いてくれるかもしれない、って事さ。ラーズグリーズの女神みたいにな」
「おっ、いい喩えだぜ、ピクシー。そして、女神を守る騎士は、この俺様だな」
だから、俺は声を掛けたというのに、ジョンの台詞で台無しになってしまったような…。まぁ、相棒がそんな事を気にするとは思えないが。さて、対する相棒の返答は、
<<…目標確認、攻撃を開始します>>
何も無しかよ!?しかも、これ見よがしにジョンにからかわれた…。だが、この会話のおかげで、作戦に参加する連中の過度な緊張は解けたみたいだ。俺は、目の前に映ったディレクタスの姿に目を向ける。さすが、『内陸の宝石』と呼ばれるだけはある。中世の町並みを残す町の美しさは、ちょうど差し込む夕日によって更に増している。そんな街が、今から戦場になる。今回も、民間人への被害は最小限に抑えることが言い渡されている。俺は、その事を頭に刻み込んでから、愛機を戦いの空へと向かわせる。
「ガルム2、エンゲージ!」
ディレクタス解放が始まる。
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