[ディレクタス 第1行政地区 5月13日 16時31分 1995年]
"Directus, First Administration Sector" 1631hrs. 13 May 1995
まず、ウスティオの陸空混成軍団の攻撃目標とされたのは、ディレクタスの最西端に位置する第1行政地区に駐屯するベルカ軍だ。初めに、哨戒飛行をしていたベルカ軍機と、侵攻するウスティオ空軍の一番槍、ガルム隊の戦闘によって火蓋が切られる。
<<目標12時の方向、距離2000>>
<<長距離攻撃に警戒せよ>>
AWACSの警告から間もなく、敵は最初の攻撃を行ってきた。正面から放たれた長い槍を、バレルロールで回避したサイファーが、いつものように機銃で敵機を仕留める。エアインテークからエンジンに飛び込んだ20mm機銃弾が回転するブレードを粉砕し、破片が内壁を貫いて機体の外へ飛び出す。一瞬で炎に包まれたTyphoonは郊外の森へと落ちていった。その間に地上に近づいた他の部隊からの攻撃によって、敵の守備隊が撃破されていった。降下した戦闘機から放たれる機銃によって、敵車両に炎が上がる。更に、ハウンド隊のF-20Aが装甲車を機銃で撃破している間に、味方の地上部隊が第1区に侵攻する。先日、ソーリス・オルトゥスに降下したオーシア第101空挺師団を中心とした部隊だ。街道を猛スピードで走りぬける輸送トラックと装甲車の群れが見える。
<<進め!どんどん行け!空の連中に、遅れを取るな!>>
<<此処で昨日の借りを返してやろうじゃないか!>>
やはり奴らの取り柄は、勇気とそのやたらと高いテンションだけだ。ラリーは、相変わらずなその空気に少しだけ苦笑しながら、空を見回す。下とは逆に、空はまだ静かなほうだ。
<<何人か、この街で生まれた奴がいなかったか?お袋さんの顔が拝めるかもしれないぜ?>>
<<じゃあ、戦争が終わったら、故郷でワインでも飲みながらのんびりさせてもらおうかな>>
どこかのんびりした会話をしているのは、傭兵たちのようだ。ただし、ヴァレーとは別の部隊だ。おそらく、南部の航空基地から来た連中だろう。それに、今回の作戦の為に、新たに雇った傭兵もいるようだ。新たに参加した人間は、時として油断を招くことになる。注意を促そうと思ったラリーの考えは、うちの空の目に潰された。
<<こちらイーグルアイ、休暇が取りたければ、作戦を成功させろ。ただし、民間人には注意しろよ!>>
<<はいよ。さぁて、しっかり狙って、稼ぐとしますか!>>
2機のMirage2000が翼を降ると、北側の地区に向かって飛び去っていく。俺は、第2地区へと向かうサイファーの後ろに付きながら、今回の作戦について考えていた。ディレクタスに駐留するベルカ軍は、ウスティオ占領の象徴のようなものだ。ベルカのウスティオ方面軍司令部があるのもその一つ。それが撃退されるようなことになれば、少なくともウスティオ国内、いや、この戦争全体の戦いの形が変わる。反撃から、追撃へ。
「ここで首都が取り戻せれば、全体で風向きが変わる」
<<ええ>>
こういうときには、相棒の返事が聞こえる。重要な時、戦闘の最中、常に冷静な言葉が聞こえてきた。周りから相棒は、自分の気持ちで声を出すことはないのではないか、と思われているが、時折自分の気持ちで語る事があるのを俺は知っている。相棒と共にいた時間はそれほど長くはないが、俺でも気づけたことだ。おそらく、基地の何人かも気づいているのだろう。しかし、相棒の淡白さがそれを覆い隠している。それとも、相棒自身がそれを隠しているのだろうか?
今は、サイファーの後ろを付いていく。そして、サイファーの向かう先を見てみたい。その気持ちが俺の心の多くにあった。何故かは解らない。だが、それは後々に解ることさ。ディレクタスの街は、その宝石のような美しい外観に似合わない黒煙が空に舞い始めていた。
[ベルカ陸軍第34戦車大隊駐屯地 16時35分]
"Belkan Army 34th Tank Troop's Camp" 1635hrs. 13 May 1995
ホルストが大隊に合流する頃には、既に部隊の大半が戦闘体制で待機している状態だった。その中央に位置する戦車の上で、やけに思想的な指示を出しているのが、大隊長代理のルディガー・アイヒマンだ。
「急げ!ベルカ軍人として、連合の奴らに我々の正義を見せ付けるのだ!」
理想主義者で、部下が自分の指示以外で功績を立てるのを嫌い、そのくせ自分の失態を他人に押し付ける。要するに、駄目な奴、ということだ。今も戦闘体制を整えようとしている隊員たちを、余計な理由で叱り付けている。その爬虫類のような顔が、こちらの方を向く。そして、絶好の獲物を見つけたという具合に更に顔が歪む。
「中尉!貴様、今まで一体何をしていた!?」
すたすたとこちらに歩いてきて開口一番にこの言葉。自分が今まで何をしていたのかなど、気にもしていない。その横暴な態度に気分が悪くなるのを顔には出さずに、いちようは上官である男に階級への敬礼をする。
「申し訳ありません、市内の混乱に巻き込まれ、到着・・・」
「そんなことは聞いていない!私が大隊の指揮を採る時は傍にいろと言っただろう!」
僕の言い訳を遮って、自分の都合を高々く放つアイヒマン大尉。ベルカ陸軍政治局に所属しているという噂もあるいけ好かない男で、あるときは戦闘中にもかかわらず、応援を呼ぶといって勝手に部隊から離れたり、極つまらない理由で大隊の構成員を懲罰大隊に送ったりしたこともあった。更には、駐留した町の民間人に対して暴行を加え、憲兵隊に一時的に逮捕されるも、僅か2日で釈放。逮捕した憲兵隊員は前線送り、暴行を受けた民間人が謎の死を遂げた。これら全てが、アイヒマン一人の悪行であるのだ。奴の悪行は、今後も尽きることはないだろう。そして、今は僕の顔にその歪んだ顔を近づけている。
「ヴァルトマン中尉、貴様、私の大隊をどうするつもりだ?」
アイヒマンの顔が視界一杯に広がる。僕は、黙ってその顔を見る。
「ここは他所の部隊ではないんだぞ?砲兵隊でも、歩兵部隊でもない、私の指揮する第34戦車大隊だ!」
戦車大隊のところだけは、相槌を打つ。自分が兵士となり、始めて戦場に送られたとき、配属されたのが此処、第34戦車大隊。そして、新米の僕を温かく迎えて、信頼できる仲間というものを教えてくれたのも、当時の大隊のメンバーだ。兵学校を卒業したばかりで、まだ何もわからなかった僕を、よく世話してくれたヒゲの伍長。部隊の長でありながら、一兵卒に至るまで名前を覚え、親身に相談ごとを聞いてくれた大隊長。しかし、その人たちとの交わりも長くは続くことはなかった。司令部から、アイヒマンが送られてきたのだ。アイヒマンはその抜群の他虐能力を駆使し、規律を乱したものは、懲罰。自分の指示なく動いたものは、懲罰、といった具合に、懲罰という名の虐めで自分への無理やりな忠誠心を集めようとしていた。そんな奴に、隊員たちがなびくわけがなく、大隊長も奴が政治局から送られていなかったら間違いなく名誉の戦死を遂げているのは、アイヒマンのほうだろうと言っていた。しかし、実際には大隊長が戦死してしまい、事実上アイヒマンが隊長になってからは、奴の悪行に歯止めが利かなくなっている。もう少し、自分の階級が上がっていれば、それを少しは止めることが出来たのかもしれない。そのアイヒマンの顔に、見ていて嫌になる笑みが浮かぶ。
「ならばわかっているな中尉?私の指揮によって、我が部隊は戦果を上げねばならん」
そして、既に煙が上がっている南部の地区を指しながら、まるで自分が勝つ事を疑いもしていないような口調で高々と宣言した。
「南部の敵部隊を殲滅し、我が部隊は名声を得る!そのための準備をしろ、中尉!」
何が我が部隊、だ!自分の評判を上げたいだけじゃないか!
アイヒマンが上層部に媚び諂ってるのを知っている僕は、自分の拳を振り上げたくなるのを必死に我慢し、奴の指示に従って部隊に指令を出す。その代わり、奴は僕の後ろでふんぞり返っているだけ。奴の指示には従わなかった隊員たちも、僕の指示には従ってくれる。それが、此処に戻ってきた理由。奴のような人間がどこで死んでも気にはしないが、大隊の仲間が苦しむのを放っては置けなかった。だから、僕は此処にいる。そして、奴の悪行を今日こそ止めてやる。ホルストは、その胸の内に決意を秘めて、戦場へと旅立つ。
[第2行政地区 5月13日 16時36分]
"Directus, Second Administration Sector" 1636hrs. 13 May 1995
ラリー・フォルクとサイファー。俺たちがコンビを組んでから、既に1ヶ月と11日。その間、俺たちが共に飛んだ空で、次第に判ってきた事。俺と相棒には、どこか似ている所がある。それは漠然としていて判りにくいが、どこかで俺たちは共通の部分を持っているのだ。しかし、それは霞がかかったように表に現れない。相棒が隠しているのからかもしれない。街道沿いに展開している敵車両部隊への攻撃、一回目の通過で南側の車両を撃破し、反転し北側を攻撃している間にも、ラリーはその漠然とした部分を考えていた。敵部隊は既に、道の真ん中で各個撃破されている。だから、上空の敵機への注意力が僅かながら散漫になっていた。その隙を突いて、牙が近づく。
BEEEP!!BEEEP!!
突如鳴り響いた警報音に、反射的に機体を捻る。今までいた場所を引き裂くように機銃弾の光が通り過ぎ、ダイブしてきたMig-29Aが通り過ぎていった。
(しまった、囲まれた!?)
通り過ぎた敵機は旋回し、再度攻撃位置に付こうとしている。更にもう1機が、上から被って来ている。すぐに機体を旋回させようとするが、既に攻撃位置に付いた敵機から機銃が発射されてしまう。すぐ目の前に迫る機銃を何とか回避しようと必死に機体をロールさせるが、何発かが翼の表面で跳ね返っている。体も、無理な急旋回に悲鳴を上げている。
「クッ!」
歯を食いしばって何とか回避した先に、最初の敵機が迫る。その位置からなら、今度こそ間違いなく命中する位置だ。その先端から機銃が発射されれば、俺の体は瞬く間に粉々になる。自分に降りかかる事の筈なのに、まるでどこか遠い出来事のように捉えていた。そして、機銃が発射される連続音が聞こえてくる。だが、自分の体に衝撃が走ることはなかった。発射された機銃は、敵機のキャノピーを粉々に砕き、意思を失った機体がディレクタスの街に落ちていく。
何が起きたのか確認しようと首をめぐらせた先に、もう1機を撃墜しようとする相棒の蒼い機体が映った。ついさっきまで、地表近くまで降下していたはずの機体が、いつの間にか俺と同じ高度にまで達しようとしている。まったく、相棒の腕前には驚かされるばかりだ。あの位置から此処まで来るのには、ぎりぎりのタイミングのはずだ。おまけに、垂直上昇に近い機動を、かなりの間行わなければならない。当然速度が落ちるが、その上俺と敵機はかなり接近している状態だった。その状態で、正確に敵機のキャノピーだけを撃ちぬいた。やはり、只者ではない。敵機を撃墜したサイファーが、俺の右隣に近づく。
<<大丈夫?>>
唐突な質問。だが、今の相棒ならしてもおかしくはない、心配。その言葉が出てきたことに、少しだけ嬉しく思いながら、相棒に返事を返す。
「ああ、おかげさまで五体満足だ。ありがとうな、サイファー」
ごく普通に出た感謝の言葉。しかし、相棒は何も返さず、いまだ戦闘の起きている地区に向かっていった。そのことに首を傾げつつも、俺はその後を追う。
(まさか照れてる、なんてことは無いよな?まぁ、どうでもいいか)
夕焼けが、コックピットのラリーの顔を刺す。
[第3行政地区 5月13日 16時40分]
"Directus, Third Administration Sector" 1640hrs. 13 May 1995
僕たちの大隊は、司令部のある第3行政地区へと向かうことになった。その間にも、無線から味方の苦戦が伝えられてくる。
《第2区は放棄する。部隊を即時撤退させろ!》
《前線の建て直しが効かない!このままでは連合軍の奴らに押されるぞ!》
《1区の駐屯部隊!応答しろ!クソッ、何故つながらん!?》
《早く進め!遅れを取るな!》
最後のほうには、聞くだけで嫌になるアイヒマンの声。自分でも顔が歪んでいるのに気づく。見ると、砲手の位置についているヴィクトールが苦笑気味にこちらを見ていた。
「いちいち嫌な顔してたらずっとそのままだぜ。もっと気を抜かなきゃ」
彼の階級は少尉。当然、僕のほうが上官なのだが、彼は誰に対してもこの口調を変えることはない。しかし、上官を敬わない問題人物ということではなく、これが彼にとっての普通なだけだ。さすがに、アイヒマンの前では敬語のような、そうでないような口調になるが、大隊の仲間に言わせれば、彼が一番嫌いな人間に対して話しかけるときの口調だとのこと。この大隊で、奴の事を好ましく思っているのはいない。僕は、そのことに改めて気づかされると共に、自分の周りにいる快い仲間の事を誇りに思った。戦闘で、初めの頃に比べれば数が減ってしまったが、こういう気の良い人たちがいたからこそ、僕はこの部隊に戻ってきたのだ。
「ああ、そうだな。すまない、いらいらしていたから…」
「リラックス、リラックス。あんたが居なくなっちゃ、この部隊も終わりですよ」
笑いながらも、真剣な目で話を続けるヴィクトール。ひょっとして、僕の考えが読まれているのかとギョッとした。だが、ヴィクトールならかまわないだろうと思って自分の考えを口にしようとした。しかし、その言葉を口にすれば、僕は大変な罪を侵すことになる。
それでもいいのか?
いまさらになって恐怖が沸き起こってくる。自分の手が震えているのを、戦車の内壁を手で押さえることで隠す。しばしの間、自分の中の気持ちに整理をつけるために目をつぶる。自分が此処に戻ってきたのは何の為だ?仲間のためだろう。それを、いまさらになって臆病風に吹かれて放り出すというのか?でも怖い。もしも、失敗したりしたら、僕だけの責任にはならないだろう。きっと、部隊の何人かも一緒に責任を取らされる。そうなったときが怖い。自分が傷つくことも怖いが、仲間が傷つくのを見るのがもっと怖い。それに対して、何も出来ない自分が嫌いだ。
『私にとって、ホルストは一人だけなのよ』
(ハンナ…!?)
不意に、ハンナの声が聞こえたような気がした。目を開けてみても、戦車の内装しか映らないと言うのに。そして、こちらの事をまだ見ているヴィクトールが見える。しかし、先ほどの恐怖は表に出るほどのもにはなっていなかった。
(そうだ、僕がここに居るのは、仲間や、ハンナ、この町に住む人たちを傷つけない為だ。そのために、するべき事をすればいいんだ)
自分の事を、こんなときでも支えてくれるハンナに感謝しながらも、今後の大隊の命運を左右する決断を、僕は決意を込めて言い放った。
「もし、またアイヒマンが事を起こしたら、そのときは大隊の指揮権を奪い取る」
反乱まがいの行動を口にしたにもかかわらず、ヴィクトールの顔は至って穏やかだ。僕は、黙ってヴィクトールの顔を見つめる。操縦手は、戦車の立てる騒音で僕たちの会話は聞こえていないだろう。僕とヴィクトールの二人だけが、存在しているような時間。不意に、ヴィクトールの顔が破顔一笑する。
「そう言ってくれるのを、心待ちにしてたんだよ、中尉。遅すぎだぜ」
「すまないな、遅くなって」
そう言って答える僕の顔も同じように笑っている。さすがに、操縦手もこちらの様子に気づいたようだが、何も言わずに前を向いている。つまり、了承ということだろう。僕たちは、お互いにうなずき合いながら、自分たちのするべきことへの心構えを固める。これで、僕たちは反逆者だ。しかし、それで守れる命があるのなら、それぐらい構わないさ。2年前に、両親は他界している。兵学校の時のような事にはならない。逃げ出したくても逃げ出せず、命を奪うこととベルカの強国主義ばかりを教えられた地獄の日々。それに耐え抜いたのは、ひとえに両親の身を案じてのことだ。体が弱く、二人とも病院生活を送っていたので、その治療費を稼ぐ為でもあったが。臨終の際に、父から教えられた、最後の言葉。
『男として生まれたのなら、一生に一度は、守るべきもののために命を賭けるものだ』
なんだか、今日は今までに教えてくれた事を、改めて理解することの多い日だな。ちょっとだけ苦笑しながら、僕の乗る66号車がグレースケレ川の橋を乗り越える振動に頭を打たないように、体を支える。これで、僕たちの大隊が第3行政地区に入ったことになる。既に、上空に敵の戦闘機の機影が見える。
「アドラーよりシャンツェ、応答せよ!ディレクタス上空で敵の攻撃を受けている!シャンツェ!?ディレクタス基地応答しろ!」
パトリオット・フォン・ツェッペリンは、ついさっきまで無線の通じていた自分の基地に対して交信を試みようとしていた。しかし、聞こえるのは地上の味方が救援を求める声のみ。舌打ちしつつ、救援要請のあった場所へと搭乗するF-22Aを向かわせる。彼の乗る機体は、元々は開発国との技術支援によって一部の情報のみを提供されただけの、骨組みしかないような状態だった。この機体は、ベルカ独自の技術で完全にその性能を再現したステルス戦闘機だ。随所にベルカ独自の改良が加えられており、一説には原型機よりも性能がいいとも言われている。しかし、まだ前線の部隊に数多く配備されているということはなく、飛行教導団たる第1教導飛行隊に配備されているのみだ。しかし、既にいくつもの戦場で戦い、また自身も戦闘機動の開発に余念がないパトリオットは、この機体を完全に扱っていた。そのため、ディレクタス基地に配備され、来る連合軍の侵攻に備える為に待機していたのだが、本来なら航空戦力の要たるディレクタス基地からの応答がない。つまり、既に基地は攻撃を受け、作戦継続能力はほとんど失われているということだろう。基地に残した部下たちが気がかりだが、今はその抜群のステルス性を使って戦場へラプター(猛禽類)を近づけさせる。向かう途中で、既に街の上空に入り込んでいる連合軍気の機影が見えた。パトリオットは、そのうちから一番手近な敵機に目をつけ、その背後へと忍び寄る。こちらの接近に気づいたのか、2機のF/A-18Cがブレイクする。すぐさま、その内の1機に狙いを定めて更に距離を詰める。敵機、シザーズをして、こちらを何とかやり過ごそうとする。しかし、性能差のありすぎる機体同士の勝負は、パトリオットに軍配が上がった。4回目の切り返しで、翼を撃ち抜かれた敵機が街の方向へと落ちていく。本来なら、そこでベイルアウトするべきだが、その先には、味方のウスティオ方面軍の司令部が置かれている、市庁舎があった。
(特攻するつもりか!?)
敵機の思惑に気づいたパトリオットは、すぐさま機体を墜落する敵機へと向ける。あの建物は、司令部が置かれているとはいえ、今でも市の職員が多く勤めている。そこに、戦闘機が突っ込めば、大惨事にることは間違いない。そんなことは、ベルカ貴族ツェッペリン家の長男である、この私が許さない。距離1000を切った辺りで、ミサイルのシーカーを作動させる。シーカーと敵機の機影が重なり、トリガーを引くと、空気取り入れ口横のウェポンベイから短距離ミサイルが発射される。ミサイルは、白煙を吐きながら敵機へと突き進み、やがて炸裂する。機体のすぐ後ろで近接信管によって爆発したミサイルの爆風は、凄まじい熱風と破片となりホーネットを襲い、その機体を跡方も残らずに消し去ってしまった。その間に、後ろに近づいてきた残りの1機に対して、回避機動を行う。敵機、機銃発射。急降下で回避し、速度を稼ぐと同時に、A/Bオン。シートに押し付けられるような加速を得て、一気に敵機を引き離す。しばらくこちらの後を追おうとしていたが、敵機が諦めて撤退していく。そして、今自分が向かう先には、更に多くの敵機の反応がある。それと一緒に、救援要請のあった味方の反応もある。パトリオットは、バイザーで隠された黒髪黒目の顔に、凄みのある笑みを浮かべる。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず」
東洋の国に旅行したときに、地元のガイドに教えてもらった言葉。まさに、自然の定理のようなその言葉に大変気に入ったパトリオットは、帰国してからもその言葉を呟くようになり、ついに口癖になってしまった。1度切ったA/Bを再び点火し、双頭の鷲が混乱する戦場へと突入していった。
[”UNKNOWN” 5月13日 16時41分]
"NO DATA; 1641hrs. 13 May 1995
「諸君、ついにこの時が来た」
薄暗い部屋に太い男の声が響く。部屋の中は、ごく普通の一般人の格好をした男たちが、十数人集まっている。部屋の中は、その熱気で空気が淀んでしまっているようだ。だが、男たちの眼には決意があった。議長格の男が、更に言葉を繋げる。
「長く苦しい時間を経て、ようやく我々は悲願を達成する。今日こそ、我々の力でベルカを叩き出す時だ!」
部屋にいる男たちから、雄叫びが上がる。その部屋の隅にいるハンナは、自分の父親が戦いへと赴くことに対して、あまり良い気分ではなかった。ただでさえ、ホルストが今現在戦っているというのに。自分はウスティオ国民だが、自分が一番気にしているのはベルカ人で、軍人のホルストだ。そして、自分の父親はレジスタンスのリーダー。彼女は、その複雑な状況に挟まれて、心が揺れ動いているのが分かっていた。父親のことも心配だが、ホルストのことも同じように心配だ。しかし、二人は敵同士となりえる関係だ。その対立を修正する術は既に無いに等しい。少なくとも、ハンナには思いつくことが出来なかった。せめて、二人が直接戦ったりしないようにと、祈ることしか出来ない。ハンナは、両手を握って祈るべき相手に祈りをささげる。子供のときに聞かされた、ラーズグリーズの戦乙女達に。戦いに出る事を嫌いながらも、自ら罪人になる事を選んだ、穢れなき乙女たちへ。
気がつけば、集まっていた男たちの多くが我が家から飛び出し、自分の担当地区へと散っていった。その地区で、民衆に声を掛け、ベルカを追い出すために。しかし、数人の男がまだ残っている。その男たちの纏う雰囲気というのか、只者ではない事を教えている気がする。
「これで、俺たちの町を取り戻せる。あんたたちの協力には感謝するよ」
「いえ、これが自分たちの職務ですから」
握手を交わす父と男達のリーダー。会話から推測できるように、彼らはれっきとした正規兵だ。ディレクタスへの潜入任務と、そこにおける情報入手が主目的だった彼らは、レジスタンスと協力してこの街で暴動を起こす事を命じられることになった。そうすれば、街全体を敵に回したベルカ軍は撤退をせざるを得なくなる。つまり、連合軍の上層部は、ただで手に入る地上戦力確保の為に、民衆の感情を利用しようとしたのだ。そして、その企みは予想以上に上手くいくことになる。数多くの犠牲に対しての、安っぽい同情と引き換えに。
話を終えた父が、こちらへ歩いてくる。
「お前も一緒に来なさい。街を取り戻す瞬間を見せてやろう」
つまり、この人はホルストの事を諦めろと言葉なしに言っているのと同じだ。私は、そのことに対してどうすることも出来ない。私の心を、暗い思いが包む。父に手を引かれて外に出たとき、すぐ真上を戦闘機が轟音と共に飛び去っていった。
[ディレクタス中心部 5月13日 16時44分]
"Central of Direstus" 1644hrs. 13 May 1995
上空を1度フライバイした後に反転、部隊の位置を確認して攻撃を加える。先ほどから、銀色のF-14の攻撃を受けて、部隊の進撃は遅々として進まない。むしろ、戦車の展開にはまったくといってもいいほど不向きな市街地の中心部へと逃げ込んだアイヒマンのせいで、部隊は寸断される一歩手前まで来ている。既に司令部のほうにまで、混乱の波が広がっている。
《何で上からの指示が無いんだ!?少将殿はどこへ行った?》
《指揮所にはいないぞ。誰か見たものはいないか?》
《こちら第1守備隊!もう持ちこたえられません!撤退します!》
《最強のベルカ軍だというのに、ウスティオの傭兵にいいようにされるなんて…!》
《対空砲火を緩めるな!いつ向かってくるか分からんぞっ!》
街からは、既に黒煙が上がり始めている。その中で、中心街の閉鎖された地区に迷い込んでしまった僕たちの部隊。その前に、新たな脅威が現れた。突如として、道の真ん中に市民たちが集まり始め、僕たちの進路を塞ぎ始めたのだ。スピーカーや、大声を張り上げて警告するが、1度集まり始めた市民たちの熱気を止めるには不十分だった。続々と市民が集まりだし、こちらに向かって投石を始めた。中には、ビンや家具の一部が飛んでくることもあった。
「出て行けっ!ベルカは出て行っちまえ!」
「俺たちで、街を取り戻すんだ!」
「行くぞみんな!ベルカを倒せ!」
《何をやってるんだ!?民間人は退避していろっ!よ、よせ!》
無線機からも、市民の叫び声が聞こえてくる。それと同時に、囲まれた部隊が通信を途絶していく。僕は、その光景を黙って見ることしか出来なかった。既に、僕たちの進路のみならず、他の道にも市民が集まりだしている。他の地区も、同じだろう。市内各所で、更に黒煙が上がり始めている。所々で爆発が起きているが、それは連合軍の攻撃だろう。無線からは、更に味方の苦境が伝えられる。
《住民が決起して暴動を起こしている!》
《早く退避しろ!危険だと言ってるだろう!》
《ヘリの発着場で少将を!?》
《構わんから離脱しろ!この街はもはや落ちた!》
「民衆の力が、こんなにも膨れ上がるなんて…」
「ベルカが彼らを味方に出来なかった時点で、負けてたんだよ」
ヴィクトールも、その勢いに驚いているようだ。そして、それ以上に驚いている人物がいた。
《一体何が起きてる!?中尉!状況を説明しろ!》
アイヒマンだ。無線機から、泣き叫んでいるような声が聞こえてくるが、今回は無視する。もはや、僕たちの退路は無いに等しい。このまま、部隊が壊滅するまで戦う必要も無かったからだ。無線機から聞こえる声が更に金切り声のようになる。そしれ、それ以上に大きな、荘厳な音が聞こえ始めた。鐘の音だ。ついに、ディレクタスの象徴ともいえる鐘楼の鐘まで取られたのか。
《何で鐘がなってるんだ中尉!?どこのバカが鳴らしてる!?》
もう、アイヒマンの声など耳に入らない。僕たちは負けているのだ。次第にこちらへと向かってくる群衆の群れに、僕たちは投降することになるだろう。その筈は、たった一人の人間の狂気で吹き飛んだ。
《クソッ!砲手!目標敵歩兵!砲撃準備!》
《敵歩兵!?》
《10時の方向にいるだろう!?構わんから撃てっ!》
「待てっ…!」
奴は、民衆に向かって発砲する気だ。僕は慌てて制止の声をかけた。しかし、元々正常な思考形態を持ち合わせていないアイヒマンは、それだけで止まる事は無かった。
《構うな!もし撃たなければ、この場で銃殺するぞっ!》
おそらく、砲手は拳銃を突きつけられているのだろう。アイヒマンの乗る32号車の砲身が民衆をの砲を向く。すぐさま、僕はヴィクトールに指示を出す。
「砲手!目標32号車!」
ヴィクトールは、僕の指示を受ける前から砲身を旋回させていた。そして、同じ車両に乗る仲間のことも見捨てはしない。
「砲身を正確に打ち抜け!攻撃を中止させるのが目的だ」
こうすれば、32号車の乗員をあまり傷つけることなく、アイヒマンの暴走だけをとめることが出来る。砲手の正確な照準が要求される技だ。やがて、照準が定まる。
「照準完了!」
「フォイアー!」
125mm滑腔砲から砲弾が発射され、それは32号車の砲身の根元部分に突き刺さり、HE-FRAG(高性能榴弾)が炸裂した。爆炎が32号車を包み、それが晴れた後には砲身部分を失った戦車の滑稽な姿があるだけだった。知らず、ヴィクトールとタッチをかわす。その直後に、無線機から金切り声が聞こえてくる。
《中尉!貴様っ!一体何のつもりだっ!》
ヴィクトールと目を合わせて、お互いの意思を確かめた後、インカムのスウィッチを入れる。
「あなたがやろうとしていたのは虐殺です、大尉。私は、軍人としてそれを止める義務に従っただけです」
《黙れ!ベルカの敵を倒す事に、虐殺などは無い!貴様のやったことは反逆だ!すぐに銃殺刑にしてやる!》
何を思ったか、ハッチを開いて戦車長側の機銃をこちらに向けて発射してきた。当然、戦車の厚い装甲を打ち抜くには破壊力不足の機銃では、何の役にも立たない。スウィッチが入ったままのインカムから、アイヒマンの声が機銃の発射音に混じって聞こえてくる。
《くそっ!どいつもこいつも役立たずな上に、私の名誉を汚すろくでなしばかりだ!目障りなんだ!貴様らがぁ!》
この事で、もう部隊の指揮官は奴ではなくなった。部隊の人間は、黙ってこちらの行動を静観するつもりのようだ。僕は、静かにインカムで語りかける。
「見苦しい行動を取らず、自分の行おうとしていた行為に足して謝罪でもしたらどうですか、大尉?」
もはや、こちら声も聞いていないのだろう。ただ喚いて機銃を撃ちまくるだけだ。やがて、弾が切れると、アイヒマンは戦車を捨てて逃亡した。直後、部隊から歓声が上がる。
《ヤッホー!やっといらないのが出て行ったな!》
《見ろっ!奴が逃げていくぞ!》
《中尉、指示を出してくれ!どうすればいい?》
いい加減、部隊の仲間も我慢の限界だったのだろう。僕たちの部隊は、まだ戦闘中であるにもかかわらず、歓声に包まれている。僕とヴィクトールは、お互いに笑顔でうなずいてから、それぞれの仕事を行う。
「全部隊へ、もはや戦闘の継続は不可能だ。後退の可能な者から撤退せよ。出来ないものは、連合軍に投降しろ。最後まで戦う必要は無い。生き残ることだけを考えろ」
「車両を移動させろ。ただし、民間人に注意しろよ」
僕は部隊への、おそらく最後になる指示を。ヴィクトールは、僕たちの乗る車両を囲む群衆に気をつけながら、戦車を移動させる操縦手の手伝い。そして、僕の車両は民衆に取り囲まれた。既に、装甲を棒や石で叩く音が鳴り響いている。車内の全員の意思を確認してから、僕が最初にハッチから手を出す。
「見ろ、出てきたぞ!」
「僕たちは連合軍に投降する!手荒なまねはしないでくれ!」
「早く出ろ!ベルカ人め!」
出した手を引っ張られ、車外へと引きずり出された。外に出てみると、もはや戦車の外装でもろい部分はボロボロになっているのに気づいた。そして、周りにいる人たちの目は、かなり血走っている。このままでは、まずい。そう思って声を発しようとしようとした所へ、大柄な男からのパンチが入った。たまらず、膝をついて口元を押さえる。後ろでは、ヴィクトールが数人に押さえつけられ、フェンダーに顔を押し付けられている。僕は、さっき殴られた男に髪の毛を掴まれて、頭を無理やり持ち上げられた。そして、羽交い絞めにされて、民衆の前に立たされた。僕を見る目に、情などの感情は浮かんでいない。ただ、怒りだけが浮かんでいる。僕は、恐怖で足が震えるのが分かった。そこには、僕が守ろうとした人たちの姿は無かった。
「ベルカのくそ野郎め!これ位で済むと思うなよ!」
「町中引きずりまわして、俺たちの恨みを晴らしてやる」
口々にいわれる、僕たちベルカへの恨みの声。このままでは、ここにいる人間だけでなく、この街全体の人たちがベルカ人を排斥する為に、同じような蛮行を行うことになるだろう。それはいけない。それで解決するのは、何も無い。ただ、お互いに憎しみを積もらせるだけだ。だが、再び入ったパンチに、僕の体は立っている事すら放棄しそうになる。それを、何とか支えて口を開こうとするのだが、間をおかずに顔面に入る拳。もはや、意識すら手放しそうになってきた。消えかかっている意識の隅で、ハンナの声が聞こえた気がする。薄れ行く意識の中で、視界にブロンドの髪が映った。
「止めてください!彼は投降したんですよ!?戦う意思は無いはずです」
そう言って駆け寄ったハンナは、既に幾度も殴られて腫れてしまったホルストの顔を優しく包み込んだ。周りから、抗議の声が上がる。ハンナは、その言葉を真正面から受け止めて、反論する。
「無抵抗の人を暴行するなんて、最低です!それでも、ディレクタス市民ですか!?」
ハンナの言葉に、今更になって自分たちの過ちに気づいたのか、取り囲んでいた人たちの顔に僅かな同様が走る。その隙に、ホルストに呼びかける。
「ホルスト、ホルスト!しっかりして!」
「ア、、、ああ、、ハ、ハンナ・・・」
意識が朦朧としていたのか、返事がぎこちない。それでも、呼びかけようとしたところで、腕を掴まれ引き離されそうになった。掴んだ腕を振り放って後ろを見ると、父が立っていた。
「ハンナ!そいつの事は放って置け!」
父の横暴な態度に、とうとうハンナも我慢の限界に達した。
「放って置けるわけ無いでしょう!!」
ハンナの大声に、勢いをそがれたフェルディナントだったが、さすがにレジスタンスのリーダーを務めている以上、自分の娘といえども引き下がるわけにはいかない。
「そいつはベルカだぞ!」
「ベルカ、ベルカ!ベルカだからって全員が酷い人ばかりだったり、憎んで良い訳じゃないでしょう!」
フェルディナントは、娘の反応に驚いていた。今までに、此処までハンナが自分に反抗したことがあっただろうか?今までは、私の言う事を聞く、素直な娘だったはずだ。それが、どうしてこんな風になってしまったのか。やはり、あの小僧だ。家で世話をしてやったからといって、ハンナの恋人気取りのあの若造の所為なのだ。戦時ではなかったら、単なる父親と婿の意地の張り合いだったであろう。だが、戦争がその形をゆがめてしまった。民衆の面前で繰り広げられる親子喧嘩は、唐突なドンという音によって止められることになった。その音の直後、ホルストが声を上げながらハンナに飛び込んできた。
「砲撃だ!」
押し倒されて、地面に倒れたハンナの上に被さったホルスト。それをすぐに引き剥がそうとしたフェルディナントは、何もすることが出来なかった。彼の体は、次の瞬間には空中に舞っていたからだ。何が起きたのかを理解する間もなく、彼は頭部から地面に叩き落され、意識がやみに包まれた。
突然、ホルストが私を押し倒したと思ったら、凄い風みたいなものが私たちの真上を通り過ぎて。それから…それから…。ハンナの頭は、突然の出来事に処理能力を越えてしまってパニックに陥った。
「大丈夫か?ハンナ」
すぐ真上のホルストはゆっくりと体を起こすと、こちらを見つめて私の体の事を調べている。あちこちが痛いが、動けないほどではなかったので、ホルストに手伝ってもらって体を起こす。すぐに、自分に何が起きたのか分かった。さっきまで自分が市民が立っていた辺りに、砲撃によるものと思われる孔が穿たれていたのだ。その周りには、体の一部を失って助けを求める人、既に動かないものの体を抱いて泣き叫んでいる人、既に、人の形も保っていない塊などが散乱していたのだ。こみ上げるものを、抑えることが出来ず、胃の内容物を地面に流してしまった。ホルストが、背中をやさしくさすってくれている。ようやく顔を上げた先に、地面に倒れこんでいる父の姿があった。
「お父さん!」
だが、駆け寄ろうとした足はすぐに止まってしまった。父の体は、腰の辺りが普通は曲がらない方向に曲がっており、首はほぼ横を向いたまま、目だけは空を向いていた。それが何を意味するのか。理解するのに時間は掛からなかった。
「いやああぁあ!」
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