[ディレクタス上空 5月13日 17時00分]
"Directus" 017' 28' 01'' N, 238' 25' 51' E 1700hrs.13 May 1995


正面から一気に突っ込んできた敵に対して、こちらも正面からのヘッドオンで迎え撃った。最初の頃は長距離ミサイルを警戒していたが、敵機がガンレンジまで接近し、サイファーがそのままガンアタックに移ったので、すぐさまこちらもガンで対抗する。狙いは、左側の敵機。2機と2機がお互いに撃ち合い、空に2筋の光の線が出来る。機体を左に捻って敵機をかわす。被弾した形跡は無い。すぐさまガルム1との編隊を解いて、自由戦闘へ。敵機は、既にこちらに対して機首を向けかけている。すぐに機体を捻り、急降下へ。後方から近づく敵機が、夕日を反射して輝く。独特なカナード翼、高い垂直尾翼、大きな双発ジェットノズル―――Su-37、スーパーフランカー。機動性だけならば、F-15など目にも及ばない能力を持っている機体だ。特に、戦闘機動中にも可能な――スナップアップで敵機の後ろに出ようとしたところへ、敵機が機首を急激に上げてくる。すぐさま、加速して後方を取らせないようにする。後方ミラーで、敵機が垂直状態で静止しているような姿が確認できる。――コブラ。この機体系列特有の特殊機動で、この機体の機動性が他のどの戦闘機よりもすぐれている証だ。しかし、空戦機動でそれを確実に行うには、かなりの度胸がいる。それなのに、何の躊躇なくこちらを狙ってくるとは…。おそらく、あの状態でへたに動いていればこちらが敵機の機銃の射界に入っていたはずだ。どうやら、相当な手慣れが出てきたらしい。機首を下げて再びこちらを追尾し始めた敵機に対して、もう1度正面から攻撃を加える。敵機も機銃発射。互いに、轟音を響かせながら通り過ぎる。命中なし、被弾なし。再び後ろを取る為に旋回を開始するが、やはり旋回性能では向こうに分があり、次第に後ろに付かれかける事が多くなってしまう。何とか振り切ろうと機体を左右に振ったりしてみるが、やはり機体そのものの性能差、それに、パイロットの腕もかなりいい。
「いいのは、機体だけってわけでもなさそうだな」
やや上空でも、飛行機雲が空に複雑な図形を描いている。相棒と、もう一機の敵機だ。空に描かれる白い命の軌跡。美しくも、哀しくもあるその景色に、僅かに目を奪われる。相棒に追尾されていた上空の敵機が、クルビットを使って相棒との位置を逆転、反撃に移った。
《既にここまで…まだ間に合うのか?》
《せめてもう少し、後数十分でも早く来ることが出来ればな……》
ロックオン警報が鳴ると同時に、警報が甲高い悲鳴に変わる。
(ミサイルが発射された!)
すぐさまフレアを放出し、スロットルを押さえつつ機体をバレルロールさせる。敵ミサイル、フレアに誘導され、虚空へと舞う。バレルロールで減速した機体が、敵機と並行する。すぐさま敵機の方向へ切り返すが、同じように切り返す敵機とのシザースに陥ってしまう。
(こうなりゃ、根比べだ!)
お互いに譲らない、命の駆け引き。ハイGを掛けているので、体を動かすことどころか腕を回すことすら難しい状態の中、俺は必死に愛機を操る。そして、愛機もそれに答えているが、転機は意外なところから訪れるものだ。突然、愛機を90度バンクをさせている状態でこちらから見て頭上にいたスーパーフランカーが機体を捻ると、すぐさまその予想進路に対して機銃攻撃が行われる。上空で交戦していた相棒の機体が、降下して来た途中でガンアタックを仕掛けたのだ。おまけで、上空から敵機に被られる形になってしまう。そこは、すぐさま体制を変えて回避する。降下して通り過ぎた敵機が、離れていく。どうやら、敵は一旦仕切り直しに持ち込むらしく、もう1機も急速に離れて行った。こちらも、一旦合流してお互いを確認する。
「まだいけるか?」
<<ミサイルはまだ1発残ってる。機銃は半分ぐらい>>
俺も似たようなものだ。ミサイルが2発に、機銃が約300発。正面の敵機が反転し、こちらとヘッドオン。
《ゲルブ2、不愉快な鐘の音を止めるぞ》
《わかっています隊長、私達はそのためにここに来たのですから》
敵は、近距離で正面からミサイルを使ってきた。しかし、これは機体を捻ると追尾しきれずに外れてしまう。だが、その先に敵機は機銃という鎌で待ち構えていた。すぐに、機体を反対側に旋回させ、相手の照準から逃れる。相手は、旋回途中でのコブラ機動―――フックを使ってこちらへ一気に近づいてくる。こちらは敢えて後ろを取らせるように仕向けて、敵機を狙いの場所に誘導する。敵機はこちらの後ろをしっかりと取ってくる。相棒は、500ftsほど下でもう1機と交戦しているが、有効な位置につけずに追い回されている状態だ。今度は、こちらが上から降下する。捻りこみを入れて降下した正面に、相棒の機体、そしてその向こうに敵機の特徴的なカナード翼。向こうもこちらの方を向いているので、ちょうどチキンレースのような形になった。
「相棒、度胸試しといこうか?」
<<…合図で右へ>>
今度は、お互いに敵機を引き連れながらの高速接近。相棒の機体をかわしても、後ろにいる敵機をかわしきれなければアウト。敵機の攻撃をかわせずに、どちらかが撃墜されても、アウト。まさに、ぎりぎりの戦いだ。しかし、自然と恐怖が湧いてくる気がしない。お互いに、相棒の動きを知っているからだろうか。ともかく、ここで敵機に対して有利な状態に持ち込まなければ、こちらがやられてしまう。徐々に相棒と敵機が近づいてきている。
―――まだだ…
A/Bで加速する2つの機影が近づいていき、
―――まだだ、
次第に相棒の影が大きくなる。
―――まだだ!
<<Now!!>>
相棒の声に合わせて、操縦管を引ける限り力を込めて引く。視界が急速に暗くなっていくが、構わずに引き続ける。しばらく経ってから操縦桿を戻し、感覚で右旋回の姿勢を取る。徐々に明るくなる視界に、ディレクタスの街並みが映る。相棒の姿を探すと、すぐ目の前に相棒の蒼い機体が見える。
「よう相棒、まだ生きてるか?」
<<貴方よりはまし>>
「ふっ、そいつは結構…」
周りを見渡すと、敵機は2機とも距離を取って飛行している。どうやら、さっきのが少しは効いたようだ。これで、少しは体勢を立て直すことが出来る。だが、奴らの機動には並大抵のことでは対処出来そうに無い。何か、対策は無いものかと、考えていたときに相棒のアルトな声が聞こえてきた。
<<ピクシー、提案があるんだけど…>>
<<なにかいい手があるのか?>>
無線から、フォルクの声が聞こえる。さっきの度胸試しのときに思いついた事を口にすると、その声はすぐに驚きへと変わる。むしろ、呆れに近い。
<<サイファー……無茶をするやつだとは思っていたが、それほどだったとは…>>
「それとも止める?」
挑発的な質問。どうしてこの男に対して、私は立場を近づけることが多いのか?あの黒い悪夢を見るようになってから、いや、見せられるようになってしまった時から、私は人を寄せ付けないように振舞ってきた。そうしなければ、自分の中の闇を正視することも出来なかった。……違う、近づく人がいないことによって、それを無視していた…。だって、もし私が自分の闇を見つめることがあれば…―――
<<まあ、やってみる価値はありそうだ。相棒、お前に命を預けるぜ>>
翼を振って承諾したラリー・フォルク。
(今は、まだその時ではない)
私は考えを中断し、彼を引き連れて再び敵機の正面へと向かう。敵機は、ちょうど私たちと鏡合わせのように接近してくる。相対速度は、音速の3倍近く。あっという間にガンレンジへ。右バンクと同時に機銃のトリガーを引く。すぐに敵機から発射された機銃の光がコックピットの周りを通り過ぎる。更に右バンクをかけて機体を地面に対して垂直へ。
「左に90度旋回…」
<<わかった、任せる>>
敵機が通り過ぎる直前に2機で同時に旋回を開始する。ここからは、敵機を思い通りの場所に誘導できるかが、焦点だ。敵機は先ほどと同じようにこちらをその抜群の旋回性能で追尾してくる。ユークで開発された当時は、電子機器等に課題が残っている機体だと聞いていたが、ベルカの優秀な技術を導入されたあの機体は、ほぼ完璧といっていい。それを2機、しかもエースパイロット級の人間が操る機体を相手にしていて、通常の戦法では勝ち目など微塵の欠片も無い。ならば、通常の戦法を取らなければいいだけ。
「ループを二回。二回目はインメルマンターンに移行…」
<<ウィルコ!>>
操縦桿を力の限り引き、機体を上空へと向ける。敵機もこちらを追尾する為に上昇へと転じる。上昇の為に速度が落ち始めるときを狙って、敵機が機銃攻撃を仕掛ける。それを機体を僅かにずらすことでかわすと、A/Bを使って一気に加速しつつ降下し、敵機を引き離す。敵機も、アフターバーナーを使って追尾してくる。水平に戻った後もそのまま操縦桿を引き続け、再び上昇へ。今度は機体が地面に対し逆さまの態勢になったところでロールをうち、水平飛行へ。後方を確認すると、敵機がまだ付いてきていることが確認できる。正面には、同じように敵に追尾されているガルム2。
<<これじゃあ、まるでつがいの鳥だぜ、サイファー。ここまで合わせてくる連中に会うのも初めてだが…>>
《敵も2機ならこちらも2機、ならば好都合というものだ》
もう一度、私達は正面からのチキンレースに乗った。
《またあの手を使うつもりか?同じ戦法が2度も通用すると思うなよ!》
《彼らが例のウスティオ傭兵部隊、ここで落とさせてもらう!》
後方から、敵機を引き連れての高速接近。だが、敵はかなりの腕前のようだ。今度普通に通り過ぎては、こちらがやられることになるだろう。しかし、今回敢えて私達が同じ動きをしてきたわけはこの時のためにある。
「スプリットS、一気に地面近くまで」
<<こんな状態で正気じゃないといいたいが、付いて行くぜ!>>
A/Bを使って加速しつつ、背面急降下。敵機もこちらの動きにあわせて降下してくる。降下を開始したときの2機の距離が近かった為に、降下する最中に徐々にお互いが近づきあい、垂直降下の状態になる頃にはほぼ同じ位置にいる状態になった。目の前にはディレクタスの町並み、後方にはこちらと同じように合流している敵機。そこから、お互いに同じ方向へと機首を向けて徐々に機首を上げ始める。凄まじい速度で近づく町並み、後方から迫る敵機。しかし、私達の動きは乱れない。一糸乱れぬ動きのまま、グレース・ケレ川に架かる橋のすぐ上で水平飛行へ。敵機はその大型の機体がゆえに、同じように降下することが出来ずに、少し上空で水平飛行に移ったために体勢が一時的に崩れる。その隙に、一気に上昇へと転じる。それに気づいた敵機が、ワンテンポ遅れてこちらを追尾してくる。しかし、まだこちらの速度のほうが早く、敵機との距離は離れていく。上昇に伴って徐々に落ちる速度、A/Bで近づいてくる敵機。速度計を見ると300ktsを切るところだった。
(このときを狙っていた!)
「ヴァーティカル・ターン!」
<<同時にか!?本気かよ?>>
スロットルアイドル、エアブレーキオン。ガルムの2機が上昇姿勢のまま速度だけを減らしていく。ピクシーもなんだかんだ言いながら、こちらの機動には付いて来ている。後方から来る敵機がこちらを確認して速度を落とそうとしたが、先に旋回を始めたこちらのほうが早かった。ループの頂点付近からの失速降下で一気に機首が下がった先に敵機の真正面が見える。敵が連携した攻撃を得意とするならば、その連携を失うような状況に持ち込めばいいだけのこと。2機編隊のポジションを維持し、上昇による速度低下で動きが鈍っている敵機には、連携という行動を取る余裕は無い。そして、相対距離はおよそ900。考え得る限りで最高の射撃ポジション。当然、こちらに逃す手はない。
<<本当にやりがった!!ガルム2、FOX2!>>
「ガルム1、FOX2」
2機から放たれたミサイルが、正面の低速で上昇中の敵機に向かう。すぐにブレイクして退避しようとした敵機に、突き刺さるミサイル。1発はエンジン付近で炸裂し、推力偏向ノズルの一部を吹き飛ばす。もう1発は寸でのところで放出されたフレアにかわされてしまった。
《ガッ…申し訳ありません、ゲルブ2被弾しました!》
《ベイルアウトしろ、アルトマン中尉》
まだ戦おうとする敵機に対して、隊長格の男が命令している声が聞こえる。おそらく、ミサイルをかわしたほうに敵の隊長が乗っているのだろう。
《しかし…!?》
《命令だ!ベイルアウトしろ!》
なおも戦おうとする部下に対して、びしりと言い放った敵の隊長。敵として戦っていても、その人としての強さには感心できる。
《…わかりました。隊長、御武運を》
ゆっくりと、ためらうように被弾した機体からパイロットが飛び出す。夕焼け空に舞うパラシュート。生き残った敵機がこちらへと進路をとる。
《負けを認めるにも、時間はいるが、今はまだそのときではない》
再び正面からの攻撃。機銃を発射しながら通り過ぎていくてっきには、まるで2対1という数の差を感じさせないかのような勢いがある。通過した直後から高機動旋回を行い、背後に迫っているスーパーフランカー。こちらもブレイクして敵機を追おうとするが、今度は一気に高速戦闘に移って距離を離されてしまう。連携を崩された為に、敵の動きが変わると言う訳ではなかった。これは、厄介なことになりそうだ。
<<決意、いや、覚悟だな。こういった手合いは、戦場では一番怖いタイプだ。何をしでかすか、全く見当が付かん>>
フォルクの台詞が、私達の状態を表していた。

<<マキシから各機へ、ディレクタス上空に差し掛かっている。戦況はどうなっている?>>
「こちらイーグル1、ディレクタス上空はウスティオ隊が確保したようだ。この調子なら、街はパーティー状態かもな?」
無事ディレクタス基地を攻略したステルス戦闘機隊が、作戦を完了しているはずのディレクタス上空に1度集まって来た。最新機種ラプターで編制されているこの部隊が、ディレクタス攻略において最大の要害となるであろうディレクタス基地の奇襲攻撃を担当していた。作戦が開始されたとき、ディレクタス基地には相当数の戦闘機、攻撃機が配備されているだろうという情報があった。地上部隊においては数的に拮抗している状態のウスティオ方面軍だが、制空権を確保できなければウスティオ共和国軍全部を投入してもこの作戦は成功しないだろう。そのため、作戦開始に先駆けて超低空進入で進攻したステルス機による奇襲攻撃で基地機能を奪い、制空権を確保する作戦が立案されたが、肝心のステルス機がウスティオ空軍には片手の本数ほどもいなかった。そのため、連合軍参謀を通してオーシア空軍に対して協力を要請したのだ。軍事的な支援を確約している以上、断ることの出来ないオーシアは、何を間違ったのか最新鋭機種であるF−22Aを派遣してきた。おそらく、F−117が数機派遣されるだろうと考えていたウスティオ軍司令部は、すぐさまこの部隊の優位性を考慮し、作戦を立案。前日のソーリスオルトゥス降下作戦から僅か一日というあまりにも早い電撃戦によって、首都解放が始まることとなった。そして、彼らは予想以上に働いてくれた。基地機能のみならず、近郊の変電施設への送電もストップさせた為に、ディレクタス市内は全域で停電。敵司令部の機能を一時的に麻痺させることが出来た。その僅かな隙を突き、ウスティオ空軍傭兵部隊がなだれ込んだ。その後は、周知の通りである。
―――話を戻そう。元来の任務に、可能な限りの敵戦力減衰が入っていた以上、当初の目標を達成したからといって帰投するわけにもいかないので、とりあえずこちらに来たわけなのだが、そこで凄まじいものを彼らは目撃した。レーダー上、たった1機の敵を示す反応が、凄まじい動きで友軍を翻弄しているのだ。接近するにつれて、目視でも確認できるようになったが、どうやら交戦しているのは2機だけ、ウスティオのガルム隊のようだ。ほかの機体は、遠目に戦いを眺めている状態だ。知らず、兵装システムから残弾数をチェックする。AIM-9が2発、20mmが200と少し。他の機体も対して変わらないだろうが、ガルム隊のフトゥーロでの話は、同じ空の仲間としても聞いていて胸がすくような思いがしたものだ。放っておくわけにもいかない。
「イーグル1から各機、ウスティオ隊を援護する。エンゲージ!」
<<マキシ、続きます!>>
ハリー・ディクソン、オーシア国防空軍大尉。編隊飛行が好きで無駄口が多いが、戦果よりも列機を必ず生きて帰らせる事を重要視しており、同僚からの信頼も厚い。彼の愛機は前部のみが白く塗られたF−22A。そのカラーリングは、ハクトウワシを彷彿とさせる。今、彼の率いる第8航空師団第37戦闘飛行隊、通称イーグル隊と、第201戦闘飛行隊、通称フィアナ隊がディレクタスの未だ戦い止まぬ空に差し掛かりかかっていた。

どうやら例の傭兵はただの空の面汚しというわけではなかったようだ。自らの愛機であるターミネーターを操りながら、オルベルト・イェーガー少佐は自分が相手をしている敵機の事に考えを巡らせる。ハードリアンでの迎撃任務からの帰還中に、ディレクタスへの転進命令を受けて来てみれば、味方は総崩れ、街には鐘の音が鳴り響き、この街でのベルカの敗北を語るには充分すぎるだけの歓迎を受けた。だが、南方方面軍空軍司令部は私たちに撤退命令を出さなかった。つまり、味方が存在するしないに関わらず、敵勢力と交戦せよ、ということだ。――捨て駒。ふと、その言葉がよぎったが、軍人である以上与えられた命令には従わなければならない。ディレクタスの制空権を確保しているはずの第9航空団の戦闘機は影も姿も見えない中、ゲルブの番は戦いを挑んでいった。多少敵戦力を減衰した後で、撤退するつもりだったが、相手の2機と交戦しただけで2番機を被弾で失うという失態をやらかしてしまった。僚機を落とされた状態で、おめおめと帰るような事態はベルカ空軍では許されない。
(こうなっては、私一人でも…)
その覚悟を胸に抱き、愛機を更に加速させる。弾薬ももう残り少ない。おそらく、次の攻撃で決めなければもはや後はない。――そうならないためにも、ここで決めなければ。正面に移る二機の内、左側にいる蒼い機体に狙いを定める。先ほどから観察していたが、この敵機のほうが機体の性能差をものともしない戦い方をしてる。片方のイーグルのほうが、まだ付け入る隙が大きい。こちらの速度は、約マッハ1.8。敵機もそれ相応の速度を出しているので、あっという間に距離が詰まる。敵機ガン発射。こちらも対抗上コンマ数秒だけ発射する。通り過ぎる前に、急減速を掛けて一気に機首上げ、通り過ぎた敵機の後ろを取る。敵編隊、一旦編隊を解いてこちらを2機で囲うかのような動きを見せる。それこそこちらが望んでいたことだ。スロットルをA/Bの位置まで押し込み、AL-37FUターボファンエンジンが咆哮する。体がシートに押し付けられるかのような加速を得て愛機が敵機に襲い掛かる。敵機が回避しようとするのを、自慢の機動性であしらう。敵機とガンレティクルが重なりかけては、ずれていく。バックミラーで後方にもう1機が接近しているのが分かるが、愛機と敵機の位置を重ねてあるので、後方からの攻撃を封じてある。油断はしないが、まずは正面の敵機を仕留めることに集中しよう。照準を敵機に合わせようとしても、敵機はなかなか思惑通りには動いてくれない。右へ機体を傾けた敵機は、逆方向の左へと旋回する。そして、追尾しようと旋回を始めたとたんに右へと切る。全くといっていいほど、読めない敵パイロットの戦い方。
(ここまで戦えるパイロットが居たとはな…)
知らず、強い敵にめぐり合えた事に笑みが浮かぶ。東部前線に比べて、西部前線は前線を広げすぎたと兵士達の間でも思われていた時期に、我々ゲルブ隊は戦果を挙げてきた。補給も、整備資材も足りない状態であってもだ。それだけに、戦いというものに飲み込まれていたのかもしれない。常に、勝つ事だけを求められた戦いに…。だが、この相手は純粋な戦いをすることが出来る。蒼い翼に描かれている、猟犬のマークが見えた。敵機は降下しようとしたのか、機体を背面飛行の状態にしている。だが、既に高度は3000を切っている状態だ。つまり、上昇以外に道はない。機首をわずかばかり上げて、敵機の動きを待つまでもなく、敵機はこちらの機首が上がるのとほとんど同じ動きで背面上昇を始めた。その一瞬を狙い、その翼に照準を合わせて発射………しようとした。後方からの機銃攻撃がなければ、それは敵機の翼を砕くことが出来ただろう。しかし実際には、機銃回避の為に照準がずれ、当たったのはほんの一部程度だろう。前方の敵機の後ろを再び維持しながら、後方のイーグルを警戒する。どうやら、上からのハイヨーヨーアタックを仕掛けてきたようだ。しかし、その努力もこれで無駄になる。正面の蒼いホーネットは黒煙を噴きながらほぼ直線的に動いている。どうやら、さっきの攻撃がまぐれ当たりをしたようだ。
「ここで終わりにする!」
一気に敵機の後方100ヤード以内まで接近、追い抜きざまに攻撃を加え、とどめをさす。照準に、黒煙を噴く敵機の後姿が重なった。
<<ガルム1、後方敵機!>>
<<相棒!よけろ!>>
敵の声が無線機から聞こえてくる。おそらく、後ろのイーグルのパイロットだ。仲間を案じた叫び。先ほどの私達であったかもしれない情景。いつ、自分自身に降りかかるかも分からない。だが、私の指は機体の一部として機能しているかのように、トリガーを引く。だが、その先にあの蒼いホーネットの姿は無かった。敵機の煙がこちらの目くらましになってしまった。このままでは、友好な攻撃ポジションも確保できなくなる。一時的に退避してから攻撃をしようと機体を旋回させた後に首を巡らせて見ると、先ほどまでの自分のように後方すぐ近くに現れた蒼い機体が見える。その後ろから、既に煙を吹いているということは無かった。
―――まさか、わざと燃料を放出して、煙の量を増やしていたのか!?……
ホーネットの燃料放出バルブは、巣直尾翼上方についている。それを使い、敵機は被弾した箇所の炎に引火させていたのだ。回避しようと操縦桿を傾かせ、フットラダーを思いっきり踏み込もうとしたその時、機首から機銃の光が見えた。直後に機体と私の体を襲った振動。警告ランプがいくつも点り、各所で異常が発生した事を告げる。―火災警報、油圧警告、燃料流出警報。赤や黄色のランプが、私の愛機はもはや戦うことがかなわないこと示している。このとき、私、オルベルト、イエーガーは自らの敗北を悟った。操縦技術や、機体の性能ならばまだ負けた気はしていない。むしろ、操縦技術に関しては拮抗していたといってもいいのかもしれないし、機体の性能差は間違いなくこちらが上だった。だが、臨機応変な機動を求められる戦闘において、わたしは負けた。それが、今の事実だった。
下の街を見下ろせば、いまだに鳴り響く鐘の音が聞こえる。それはまるで、私の死出の旅を弔っているかのようだ。痛みに顔をしかめて手を胸の部分に当てると、グローブが鮮血で赤に染まった。―――破片が、体を貫いている……。もはや、私も長くは無いだろう。だが、せめてあの鐘の音を聞きながら……。推力ゼロの機体が、次第に高度を落としてていくのを感じながら、飛行服の袖ポケットにはさんでいた写真を、震える手で何とか取り出す。出血が酷いのか?徐々に体を寒さが襲ってきた。震える手で掴んだのは、私の愛する妻の写真だった。こんな仕事に就いていなければ、もう少し一緒に居られるのにと、いつも愚痴を言っていた妻だったが、今はあれが私に対して必ず生きて帰って欲しいという願いの裏返しだったのではないかと思える。写真の中で変わらない微笑みを向けている妻に向かって、静かに語りかける。
「すまない、次の休暇は取れそうに無いよ、アンジェリカ…」
その時、機体の燃料タンクが火災の熱によって膨張、破裂し、熱によって気化した内部の燃料が周囲を包んだ後に爆発した。オルベルト・イェーガー少佐の肉体は、その炎の中で存在を失っていった。最愛の者の写真と共に……。


[ディレクタス上空 5月13日 17時23分]
"Direstus" 017' 28' 01'' N, 238' 25' 51' E 1723hrs.13 May 1995



ガルム隊が敵と戦っている間、俺達に出来ることは見ていることだけだった。弾薬はほとんど底を尽きかけて、体も機体もかなり疲弊していたからだ。たった二人だけに任せる事に不甲斐なさを感じながら、およそ20分近くの戦闘を終えれば、勝ったのは俺達傭兵部隊のトップエース、ガルム隊だった。当然、歓声をもって俺達はエースの二人を迎えた。
<<イヤァッハー!さすが俺たちのエース、ガルム隊!>>
<<あの敵機を落とすなんて、やっぱり凄いぜ、お前ら!>>
<<…まあな…>>
<<………>>
ラリーが疲れたようにそれに答えている。サイファーは、相変わらずの無口だ。やはり、あれほどのエースとの戦いはパイロットにも相当の負担がかかったものだったようだ。サイファーの方は、いつもと対して変わらない反応をしてるので、一見疲れているようには見えないが、反応までに時間がいつもよりほんの少し遅い。やはり、サイファーも疲れているのだろう。無線では、いまだに興奮やまずの味方からの声に答えているガルムの二人の声が聞こえている。
「おいお前ら、その辺にしとけ。ただでさえ敵のエースと戦って疲れてんだ。これ以上、二人を疲れさせるなよ。特に、サイファーに余計な事をした奴は、ベイルアウトの練習をさせてやる」
<<何だよロックンローラー、イイとこ取りか?>>
<<そうそう、俺達のエースは一人だけのものじゃあ…スミマセン、オレガワルカッタデス、ユルシテクダサイ>>
ロックオン警報を受けて、態度が豹変した傭兵の一人の声に、周りの連中の笑い声が聞こえてくる。犠牲となった奴には悪いが、おかげでガルム隊への興奮は収まってきたようだ。
<<こちらイーグルアイ、周辺空域における脅威、ゼロ。作戦は成功した!各機、帰投せよ。帰ったら祝勝パーティーだ!>>
再び上がる歓声。ただし、今回はガルムの二人だけではなく全体的なお祭り騒ぎだ。そのまま、気の早い奴からヴァレーへと進路を取っていく。
<<こちらフェンリル、ターゲット方位を確認、確保の為に出撃します>>
<<隊長っ!もう、いつだってお調子者なんだから…>>
<<俺達も帰りましょう、フェンリル隊はこれより帰投します>>
トールのEXトムキャットがアフターバーナーの炎を吹きながら一路ヴァレーへと向かう。その後を追う形でフェンリル隊のメンバーが追う。まあ、奴の酒好きならそうしても不思議ではないが。周りには、今回ディレクタス基地攻略の為に参加したオーシアのステルス戦闘機隊や、サピンの非公式戦闘飛行隊のメタルスピーカ搭載機が残っている。
<<こちらマキシ、ウスティオの解放の立役者のお役に立てて、光栄ですよ>>
<<こちらイーグル1、同じくだ。さっきの戦闘は、見事だったよ。いつか、模擬戦闘でもしてみたいね?>>
翼を振って、南方へと進路をとったラプター達に感謝の言葉を送った後には、俺とガルムの2機、そしてシンキチだけが残った。例のメタルスピーカーは、いつの間にか消えてしまっていた。元々、今回のあの機体の行動はウスティオ、サピン両政府間でも非公式として扱われていて、そもそも気に止める必要も無かった。しかし、あいつの機体がただの派手に塗られているだけのものではないことは、気づいていたが。そして無線では、おそらく敵の無線機を奪い取ったのであろう市民が、興奮した口調のまま話しているのが聞こえる。
<<街は俺達で取り戻したぞ!もうベルカ野郎のものじゃあない!!>>
<<やったぞ!!俺達の街だ!!!>>
<<ウスティオ万歳!>>
<<これで息子も戦場から帰ってくる。俺の時計屋を継がせるんだ!>>
街は、鐘の音がいまだ鳴り響く興奮の渦の中にある。上空を通過するときに、彼らの勇気に答える意味でも少しパフォーマンスをしてみた。連続ロールを3回。街の歓声が大きくなった気がするので、ちょっとばかしピクシーに自慢。
<<これが俺達の戦いさ、サイファー>>
俺の台詞が終わった直後にシンキチが口を開いた。その感慨めいた口調に、俺達は誰も声を上げない。
<<俺達傭兵は、戦う理由を持った人間を、だが力を持つことの出来ない人々を助ける為に戦ってきた。それが、今日報われたわけだ>>
<<自由を手にする、人々の声、か…>>
ピクシーの相槌が、下の街の歓声とよく合っている。俺達は、しばらくの間町の上空を通り過ぎていった。
<<各機へ、これでディレクタスに対してのベルカ軍の脅威は排除された。さぁ、帰還しよう!>>
AWACSの声で俺達は、進路を北北東に取った。俺達傭兵の巣、そして、今の家であるヴァレーに。
<<今日は、久しぶりに俺のサックスを聞かせてやるか>>
<<お前サックスなんか吹けたのか?>>

1995年、5月13日。ベルカの支配下に置かれてから40日後、ついにウスティオは解放された

<<そうじゃなかったら、TACネームにサックスなんてつけるかよ>>


ベルカ戦争全体の流れが、この戦いを機に変わろうとしていた


<<じゃあちゃんとした奴を聞かせてくれよ。ラジオじゃあ聞けないようなやつをな>>
<<まかせとけ!>>



[ディレクタス第3行政地区、臨時救護キャンプ 5月13日 17時45分]
"Directus, Third Administration Sector, Emeragency Aid Camp" 1745hrs. 13 May 1995



開放された市内において、負傷した民間人、連合軍兵士、その他にもいる大勢のけが人を、市内にある病院だけで診ることは到底できず、ヴォルガ公園に軍の医療部隊を展開させ、臨時救護キャンプが設置された。市民達がベルカに向かって立ち上がった始まりの地が、傷ついた人々を治癒する為の場所になっている。
「いたい、いたいよぉ〜〜…」
「ママァー!!ああああぁーー!!」
「止血だ!傷口を押さえろ!」
手術台の上に乗せられている患者の腕からは、吹き出るかのように血が流れ出していた。あまりの痛みの為に、母親の名前を呼んで助けを求めている。動脈にまで達している深い傷が、命のしずくをとめどなく流出させる。やがて、それは肉体にも影響を及ぼす。
「ドクター!心拍数が低下してます!」
「除細動器!用意!」
心電図を見ていた看護士が危険な状態である事を告げたすぐ後、電極パッドが患者の胸に取り付けられ、本体が発電機から供給されている電源に接続される。
「心停止、確認!」
「チャージ!」
電流を流す為に、200ジュールのエネルギーをためる際に電気の流れる音がする。エネルギーが充分に溜まったところで、パッドから電流が患者の体に流れ出る。流れ出た電流は心臓にまで通電し、心筋を刺激し、その正常な機能を取り戻させようとする。
「反応なし!」
「もう一度!」
再び電流が患者を救う為に放たれる。ここに居る医者は、軍から派遣された軍医だけでなく、町の救急隊員、小さな診療所を開いている街医者、果ては医学生までが、この街で起きた悲劇の犠牲者を助けようとしていた。それでも、数多くの患者をすべて見てまわることは出来なった。
「コンタクト!」
ようやく命の灯火を再び灯した患者が居る手術用のテントの外では、未だに治療待ちのけが人が列をなしていた。しかし、助かる確率の低いものは、確率の高いものが生き残らせる為に、死ぬ確率の高いものから切り捨てられていった。
「どうしてだ?治療を受けさせてくれるんじゃなかったのか!?」
「お願いします!母が重体なんです!誰か助けてください」
「何でお前らに死ぬってわかるんだよ!?まだ分からないだろうが!」
判断を下す側も、下される側も、もはや苦しみ以外を感じなくなっていた。そして、その苦しみがねたみ、恨みとなり、憎しみとなっていく。その矛先が向かうのは、当然ベルカ、そしてその捕虜である兵士達だ。一人の男性が負傷したベルカの兵士に向かって暴行を加えたことが切っ掛けで、救護キャンプ内で暴動が起きる事態に発展してしまった。はじめは、暴行を加えた人間を抑えようとした連合軍の憲兵隊だったが、混乱が更に拡大し、次第に大きくなる人々の波に対処しきれなくなってしまう。幾人もの兵士達が、民衆の波を抑える際に怪我をし、かえってけが人を増やす結果となってしまった。しかし、治療を行う側の人間は、そんなことよりも一人でも多くの人々を救う為に努力を続けていた。
「ドクター!ドクター、来てくれ!」
テントの外から聞こえてきた呼び声に、もう定年が近いだろう老医者が一時的に手術台を離れる。残された手術台の上で、懸命に処置を施そうとする医師達。その姿を後ろ目に、外から聞こえる声に向かう。
(やれやれ、年寄りもこき使われねばならんのか…)
ぐちを心の中でこぼしつつ外に出て見ると、どうやらレジスタンスらしい男数人に担架で運び込まれてきた患者が横たわっていた。見ただけでも、かなり酷い状態なのがわかる。背中を中心に、服はボロボロというほどにまで裂けてしまっているし、出血は酷いというほどではないが、服には赤黒い固まった血がへばりついていた。
「こいつはどうしたんじゃ?」
患者の容態を確かめながら周りにいた男達に話を聞く。脈や、瞳孔のチェック。…かなり、まずい状態だ。
「戦車砲の破片を背中一面に受けてるんだ。このままじゃ、死んじまう」
「頼むドクター!こいつを助けてやってくれ!」
数人の中から一人の男性が飛び出して、老医者の前で懇願する。その服装は、民間人のものではない。連合軍の軍服でもなく、今日まで見慣れていたベルカの軍服だ。
「こいつは、町を守るために戦ったんだ。こんなに傷ついてでも、戦い続けたんだ。そんな奴が、死んじゃいけないんだよ!」
涙を流しながら、頼み込んでいる男。その顔を見た後、脈を計っていた老医者が手術台に担架を運び込ませようとしたその時、近くにいた男が声を出した。
「そいつはベルカじゃないのか?」
ゆっくりと、傍で横たわっている女性の傍から立ち上がった男性。その目には、どこか狂気じみたものがにじみ出ていた。ようやく家族を、仲間を助けられると思ってやってきてみれば、医者からは見捨てられる、医者は憎いベルカの兵士を治療しようとしている。彼らの反応は当然である。ただ、その怒りの矛先は、死刑も覚悟して街を守ろうとした人間だったが。騒ぎを聞いてやってきたほかの人たちも、一緒くたになって老医者や周りにいる人間を責め立てる。しかし、老医者は全く動じずに、逆に彼らに対して渇を入れた。
「バカモンが!傷ついている人間に、国籍も職業も関係ないわい!」
張り上げられた声に、周りの人間が静まり返る。その隙に、けが人の安全を確保する。
「おい、若いの!」
「は、はいっ!」
「こいつを手術台に運ぶから、手を貸せ。そこのお前らもだ!」
老医者に怒鳴られて、先ほどの男のみならず、近くにいたウスティオ軍の制服を着込んだ数人も手伝わされることになってしまった。自分達が指名されたことに驚きつつ、しぶしぶといった感じで数人の男達が担架を手術台のあるテントに運び込む。老医者は、先にすたすたとテントの中に入っていってしまう。
「何で俺達が手伝わなきゃならんのだ?ベルカだぞ、こいつ…」
「仕方ないじゃないか、チャーリー。それに、聞いてたろ?この人は、町を守るために戦ったんだって」
「そういや、エアハルトのラジオが造反したベルカ軍の部隊もいたって言ってたな…」
たまたま怪我をした元捕虜の仲間を運ぶ為に来ていただけだったエアハルト・サフナー少尉。愚痴をこぼしつつも、彼の仲間も患者を運ぶ手伝いをしている。それを、静かに見つめている青い瞳があった。金色の髪の上に包帯を巻いて、ただ運ばれる男をじっと見ている女性。テントに広げられていた入り口が閉じられ、彼女の視界が遮られてしまう。彼女は、ゆっくりと手を胸の上で組んで、祈るように呟いた。
「ホルスト……」


[ヴァレー空軍基地食堂、即席パーティー会場 5月13日 19時25分]
"Valais Air Base Cafeteria, Party Hole" 2025hrs. 13 May 1995



《パイロット諸君、ならびに勤務中以外の全職員は、直ちに食堂へ集合せよ!》
基地のスピーカーで全員に伝えられた通達。そういわれれば、おのずとその後に待っている展開は分かっている。このときを待ち望み、喜び勇んで食堂に到達した傭兵達の群れが見たものは、お粗末ながらも量の多い料理の数々と、今まさに自分たちによって開けられる事を待っているかのような酒の山だった。当然、歓声が沸き起こり、傭兵達は料理と酒に喰らいつく………
はずだった。目の前に、穏やかな笑顔を浮かべているエイダ女史の姿がなければ…。
「うちのトップエースが来る前に始めようったって、そうはいかないわよ」
そして、その後ろに既に殲滅されたつまみ食い連中のなれの果てがなければ。いや、何人かが監視を突破してつまみ食いをしようとしてはいたのだ。上手く視覚のスキをつき、食い物が口に納まればそれで終わるはずだった。そのはずは、姉御が投げた包丁の突き刺さったテーブルの前に終わった。
「もう少しぐらい待ちな!そろそろ、サイファーも来る頃だよ」
その言葉に今か、今かと食堂の入り口の一つを見てから15分後、ラリーやシンキチ、そしてロックンローラーに連れられて食堂に入ってくるサイファーの姿が見える。どこか、機嫌が悪そうにしているのは、人ごみの中に入るからだろうか?ともかく、姉御も加わった4人にやんわりと説得されて、空いている椅子の一つに座らされたサイファー。その後ろから、ランディの姿が現れ、会場全体の写真を取り始める。
「ようやく役者が揃ったな」
いつの間にか現れていたオズワルド司令。既にテーブルについて、準備は万端の状態だ。
(アンタ一体どっからわいてきた…?)
お行儀良く椅子に座らされている傭兵達の疑問を他所に、司令はテーブルの上に置かれていたマイクを取ると、咳き込んでから話し始める。
《「諸君、今まで良くやってくれた。諸君らの今までの活躍により、今日、我々の『内陸の宝石』、ディレクタスは解放された!」》
基地放送のスピーカから聞こえる司令の声に、食堂内からだけでなく、未だ仕事についている基地要員からも歓声が上がる。しばらくの余韻の後、司令は再び話し始める。
《「諸君らの中には、辛い戦いを生き延びてきたものをいるだろう。だが、苦しかった戦いを終え、我々は声を一つにして言える。勝ったと!」》
いつになく興奮して話すオズワルド司令。だが、周りの傭兵連中のほうが更にテンションが高い。既に、姉御の目を盗んでビールの栓を空けている奴らがいる。司令の手前、姉御も押さえつけたり、かかと落としを食らわせたりはしない。
《「今日は諸君らの為に祝勝会を催した。未だ仕事についているものにはすまんが、今日は羽目を外して存分に楽しんでくれ!」》
「もう楽しんでま〜すっ!」
既に出来上がっているらしい、トールの声を始まりとして、今日の祝勝会が始まった。あちこちのテーブルで交わされる乾杯の合図。あるものはテーブルの料理を喰らい付くように食べ、あるものはウスティオ原産のワインを飲み干す。またあるものは、酒に強い自慢同士飲み比べを始め、オセロー少尉を中心とした正規兵やウスティオ出身者からウスティオ国歌の合唱が始まる。
ヴァレー空軍機の夜は、明ける事を知らないかのように続いた―――この後、彼らが再び空に上がることになる事を知らないまま。

 

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