THE LIBERATION OF USTIO
この戦争の本質は、ここから見えてくる。記事や資料によって、捉え方が全くといっていいほど異なるのだ。連合軍側、特にウスティオ側の資料では、ベルカ軍の残虐性が伝えられている、『ウスティオ解放戦』。逆に、生き残った数少ないベルカ軍兵士の記録に拠れば、市民達の狂気にも満ちた感情が、罪の無い兵士達にも向いたと言っている。連合軍側では、市民達の死傷者は300人近くに上る。ベルカ側では、市民達に死者は無く、兵士達がレジスタンスによって虐殺されたと述べている。
―――誰もが正義の使者となり、誰もが悪の化身となる。誰が本当の被害者で、誰が罪を償うべき加害者か。一体、この戦争における『平和』とはなんなのか?―――戦争には、こういった話が付き物だ。
1995年、5月13日、現地時刻の午前12時、ノースポイントにおいて開かれていた国際連盟会議場において、ベルカ戦争の終戦決議が取られかけることとなったが、ベルカは強硬な姿勢を崩そうとしなかった。それどころか、連合国に対しての報復計画、『V計画』さえちらつかせている。これに対抗したのが、オーシア、ユークトバニアを筆頭とした核保有国だ。『愚かな核兵器を、ベルカの手に渡らせてはならない』、という、ローズヴェルトオーシア国連大使の発言から数日後、それまで国境線で止まるかと思われていた戦場が、ベルカ国内に移った。『彼』もまた、戦争の中心へと押し上げられていった。そして、私の興味の対象も、『戦争』から『彼』へと移っていく。
[ヴァレー空軍基地食堂、即席パーティー会場 5月13日 22時25分]
"Valais Air Base Cafeteria, Party Hole" 2225hrs. 13 May 1995
祝勝パーティーが始まってから、約3時間。その間に、多くの乱痴気騒ぎがあった。多くを語る必要は無いだろう。その中から、主だった連中の姿だけを見てみる。
「そんとき俺は、奴にこう言った。『うちに帰ってママのおっぱいでも吸ってな!』」
「はっはっははははっ、おまえらしいっげほっ!げほっ!うえっ・・・」
酒を飲み交わしつつ、お互い昔の馬鹿話をし合って盛り上がっているのは、ジョンとグリアーの旦那。旦那のほうは、むせてしまったようだが―――
「キングのペアだっ!今度こそ勝ったっすよ!」
「悪いな、俺はエースのペアだ」
「ちっくしょう!また負けたっ!」
「これでトールは総計200ドルの負け、ブラッドに12連敗か…」
カードゲームで、かなりの負けを込んでいるのがトール、それを見て得意げにしているのがブラッド。まわりの人間もトールのおかしな悔しがり方に注目しつつ、トールがどこまで負けていくのか気にしている―――
「オーイ!姉御に賭ける奴はいねぇのかー!?そろそろ締め切るぞ!」
「すげぇ、もう4人抜きだぜ……どんな肝臓してるんだ…」
「にゃーによぉー、まぁだわらひはひゃいじょぉふよぉー」
「えいらさん、もぉーやめたりゃどうでしゅかぁ?ふらふらでしゅよぉー?」
「まぁーだまだぉー!!しゃあ、12はいめぇ!」
周りにいた不運な傭兵4人を酔い潰した上で、ハウンド隊のメンバー3人を壊滅に陥らせたオセローと12杯目のラムを飲み干し始めた姉御。二人ともろれつが回っていないのに、まだ飲もうとしている。そして、二人がバトルを始めてからすぐに、周りに人だかりが出来始めてしまっている。おかげで、二人の写真を取ろうとしたランディが苦労している。
「さぁ、どっちだ!?」
周りの賭けている人間が注目する中、二人が12杯目を飲み干したとき、オセローはそのまま床に倒れこんでしまった。同時に上がる歓声と、悔しさをオーバーアクションで表す人たち。その内の一人が無謀にも姉御の肩を叩いて賞賛しようとしたときに、姉御もテーブルに突っ伏してしまい、そのまま二人とも眠ってしまった。二人が立てる寝息が、まるでハミングのように聞こえてくるから、ひょっとしたらあの二人は息が合ってるんじゃないかと思えてくる―――
♪〜♪〜―〜♪…―〜♪♪
ゆっくりと、だがしっくりと耳に澄み入る様に流れるのは、古いジャズのナンバーを演奏しているシンキチのシルバーゴールドメッキのサックスだ。所々メッキがはげていて、かなり使い込んでいるらしいが、それが逆に味のある音を紡ぎ出してくれるようだ。大して明るくも、証明設備もない食堂だが、シンキチのいる部分だけジャズクラブのステージが出来上がってしまったかのように、穏やかな空気が流れている。その近くのテーブルで、静かに酒を飲み交わしているのが、ラリーと司令。
「ようやく、一息つけるな。君達が居なければ、ここもベルカの土地になっていたかも知れん」
「冗談を言わないでくれ。元々、ベルカにはこれほどの戦争を続けるに足る戦力がなかっただけだ。俺達は、ただタイミングよく戦争に参加しただけだよ」
「そうかな?」
そう言って、少し口元を上向きに歪める司令。まるで何か企んでいるかのようだ。
「君達傭兵部隊が撃破した敵部隊の総数は、西部戦線でオーシア第4軍が撃破した敵部隊の数と同じなのだよ?」
司令のその言葉は、ラリーを黙らせるには充分な意味を持っていた。確かに、うちの傭兵が稼いできた(倒してきた)敵の数は多いほうだと思ってはいたが、まさかオーシアの一方面軍に匹敵していたとは……。改めて、うちの傭兵共の腕の良さを実感する。ウィスキーのグラスを傾け、琥珀色の液体を胃の中に流し込む。のどを通り抜けるときに焼ける様な熱さを感じるが、俺はこの味が気に入っていた。
「それに…」
不意に、オズワルド司令の口調が変わった。ラリーはその口調の変化に気づき、グラスを傾けるのをやめた。司令も、少しいつもとは雰囲気が違う。
「司令―――」
司令が口を開こうとしたとき、突然オズワルドの後ろから声を掛けたモレ中佐の声で、その雰囲気の違う話が中断した。心なしか、中佐の顔色があまりよさそうには見えない。その顔を見た司令の顔が、仕事をするときの真剣なものに変わる。
「どうした?」
「実は……」
一言二言と、司令と二人だけで話をしてから二人で連れたって席を立ち、食堂から出て行ってしまった。何もする事がなくなったので、周りにいる連中の事を見回したその時になって俺は、何をするでもなく一人でテーブルについて、ただ食事をしているだけのような状態のサイファーの姿に気づいた。ここに連れてくるときに、説得するだけで10分、更にそこから愚図つくサイファーを何とか食堂に連れ込むまでが、5分。元々、司令に最もパーティーに来そうにない人物を連れてくるようにといわれ、説得に行かされた訳だったが、連れてきてしまった以上放っておくわけにはいかないだろう。俺は、テーブルに置いていたジャックダニエルのボトルとグラスを持って、サイファーの席に向かった。
最初にここに連れてこられた時、自分は場違いな場所に来てしまったと思った。そして、今でもそう思ってる。ただ、今や基地中の食料と飲み物の大半がここに集中しているので、仕方なくここで今夜の食事を取っている。時々自室で食事を取ることもあるが、今日は保存食もなく、ブレッティンガムさんに無理やり取り付けさせられた冷蔵庫の中身も空っぽだった。あの人は良く私に声を掛けたりしているが、何がしたいのだろう?別に、私のことがあの人に関係あるとは思えないけど…。
「よう相棒、楽しんでるか?」
そう言って声を掛けてきた、ラリー・フォルク。立場上は、私の相棒、ということになる。元々、そんなものはいらないと思っていたが、彼の戦闘時の的確なアドバイスは、時に私を救うこともあった。その意味では、彼は相棒といえるだろう。それに、私が開戦当時どこで何をしていたのかも聞いてはこない。それだけでもかなりありがたかった。私にとって、あの頃の話は悪夢以外の何物でもないから。だから、基地脇の森で過去の事について話をされたときは、感情を抑えられずについ銃を向けてしまった。そういえば、あのヤマネコにも、しばらく会っていない。暇を見つけて会いに行こうと考えつつ、彼を無視して夕食を続ける。それを当然と思っていたのか、彼は何も言わずに椅子に座った。
「その様子じゃあ、楽しんでるわけないか」
そう言って苦笑する彼。その手には、ウィスキーの入ったグラスが握られている。
「何か用?」
私は、いつものようにそっけなく返した。それが、私のやり方。私の、生き方。たとえ、それに何の楽しみがなくても―――私には、目的がある。
「つまらなそうだったし、少し相手をしようかと思ってな。暗い顔してるんだ、酒でも飲んだらどうだ?少しは気分が晴れるぜ?」
ウィスキーの入ったグラスを振りながら話しかけてきた彼に対し、私はテーブルにおいてあった黄金色の液体の入ったグラスを持つ。彼は肩をすくめると、自分のグラスの中身を流し込み始めた。グラスの中には黄金色の世界が広がり、時折炭酸の泡が昇っては消えてゆく。その向こうに屈折した彼の顔がある。
(全く、理解できない人……)
グラスの中身を流し込み、無くなった分をボトルから注いで補充する。ボトルには、『GINGER ALE』のラベルが貼られている。それに気づいたラリーが、呆れたように話しかけてきた。
「サイファー…そういうのは、飲んでるとは言えないぜ…」
……放っておいて。私はお酒が好きじゃないの。
彼の言葉を耳にしつつ、私は夕食を再開し、彼はウィスキーを再び口にする。その時、食堂のドアが開かれ、司令とモレ中佐が入ってきた。その顔には、真剣な表情がうかがえる。それに気づいた食堂内の人間も、それまでの騒ぎをやめて司令の動きに注目し始める。床で寝ている何人かを、たたき起こしている人もいた。…寝ぼけていて泥酔したブレッティンガムさんに、殴られる東洋系の男の姿が目に入った。
「何かあったな…」
フォルクが呟いている。私は、うなずくことも、相槌を打つこともせずにただ司令の動きを注視している。部屋のほぼ真ん中に立った司令が、しばしの躊躇の後マイクを持って話し始めた。
《「…諸君、良く聞いてくれ」》
重い口調。それだけで、これから話される話があまりいい話ではないと分かる。
《「たった今、連合軍作戦本部から通達があった。本日、ノースポイントの国際連盟本会議場において、ベルカ戦争の集結決議が採択されたが、当事者のベルカがこれを拒否。あまつさえ、連合軍に参加している国家全てに対しての大量破壊兵器等による報復計画、『V計画』さえちらつかせ、これ以上連合軍が不当な侵略を続けるなら、大きな痛手を被る事になると発言した」》
さっきまで陽気な空気に包まれていた食堂だけでなく、基地全体に重苦しい空気が流れる。ある者は、ベルカの悪政に怒りを燃やし、ある者は、まだ続くであろう戦争によって、傷つけられる人々に心を痛める。またある者は、戦争というものに対する嫌悪感をあらわにし、ある者は、ただそれを受け入れる。この基地にいる全員が、しばしそれぞれの想いに耽った。司令の話は、続く。
《「これを受け、連合軍参謀本部は協議の結果、ベルカ本土に部隊を侵攻させ、核兵器を含む大量報復兵器の査察と、無力化のための作業を行う足がかりを作る事を正式に決定した。よって、この基地にも、明日からの任務が通達されている」》
司令はそこまで言うと、一旦周りを見渡した。しばらく回りを見渡しているだけだったが、司令は私の方を向くと、確かめるように見つめてきた。私は、まっすぐその目を見つめ返す。
《「今日は羽目を外しても構わんが、明日からは諸君も通常の任務に復帰してもらう。それ相応の準備と覚悟をしておいてくれ。以上!」》
僅かな時間だったが、私の事を見つめていた司令の目に、戸惑いの感情を見つけた。それは、おそらく私が成そうとしている事に関してなのだろう。今回の終戦については、今でも復讐を誓っているあの黒いフォックスハウンドの8機に対しての復讐の機会を失うことになる事がつまらなかった。だから、私は戦争が続くという事を、歓喜の念で迎えている自分を見つけている。また、それを冷ややかな目で見つめている自分の姿も……。
―――つまらない…
そう思って、テーブルの少し軋む椅子から身を乗り出し、ラリーの前においてあったウィスキーのボトルを取った。
「お、おい、サイファー!?」
驚く彼を放っておき、ジンジャーエールが半分ほど残っていたグラスにこぼれそうなぐらい注ぐ。季節は秋ではないし、レモンの皮もないが、今はお酒を思いっきり飲んでみたかった。ホーセズ・ネック。母は時々これを飲んでいたのを記憶している。そう言えば、ジュースと間違えて飲んでしまったこともあったっけ…。その後、酔いが回ってしまった私を世話するのが大変だったと言っていた。回りの人間にも分からない程度に、苦笑して、グラスを一気に傾けた。その時になって、自分がビール程度のアルコールにしか耐えられないことを思い出した。
「さて、一通り撮影は終わったかな」
さっきまで楽しんでいた雰囲気はどこへやら、という状態に一時はなりかけたが、シンキチさんの機転でサックスの演奏が再開され、その音色に合わせて周りの重苦しい空気が取り払われていったようだ。数分が経つ頃には、即席のパーティー会場は元の状態に戻っていた。酒、料理、そしてギャンブル。普段と変わらないように見える、傭兵達の姿に。しかし、彼らもどこかで今回のベルカ側の決定を心苦しく思っているのであろうと、私は心のどこかで考えていた。そして、その事を伝えることが出来れば良いと思っていた。考えを一時中断し、まだ撮っていなかった司令と、おそらく一緒のテーブルか近くにいるだろうサイファーを撮ろうと首を回したときだった。あの、信じられない光景を目にしたのは。
一体、どこでこういった事になったのか。俺には判断がつかなかった。
「ねぇ〜、もっとウィスキー無いの〜?私まだ飲み足りな〜い…」
「いや、サイファー。もう3本もボトル開けてるんだぞ…。そろそろ、止めとけよ…」
目の前のファインダーの向こうには、ラリーさんに絡んでいるサイファーの姿がある。酒のせいか、表情がかなり緩んでいるので、傍目には笑っているかのように見える。近くにいる正気の人間で、サイファーの変貌に目を丸くしているのは、俺だけではない。だけど、司令も、ジョンさんも、司令の話のためにたたき起こされて不機嫌だったエイダさんも、真剣な表情で二人の様子を見つめている。まるで、子供に何か起きたらすぐにでも駆けつけようとする親のようだと思いつつも、その無言の圧力に、写真を撮ろうと思っても撮る事が出来ない。仕方なく、傍観を決め込む。サイファーは最初に見たときと変わらず、まるで父親か恋人に甘える女の子のように、ラリーさんに寄りかかっている。
「ねぇ、お酒!もっと持ってきてよ〜」
「こんなに酔ってるんだから、それぐらいにしとけよ…かなり酷いぞ」
「わーたしは酔ってないわよ〜!」
(いーや、誰がどう見ても酔ってる!)
回りの人間全員が心の中で突っ込みを入れつつ、二人の攻防を見守る。ちなみに、この二人に干渉可能な人間ナンバー1のエイダさんは・・・
「何よ、何よ…私が世話してあげたときは笑顔の一つもしたことないくせに……」
どうやら、自分の好意が意味を成さなかった事に対していじけているらしく、さっきの倍のペースでラムが減っていく。そして、おそらくナンバー2に上げられるであろうジョンさんは・・・
「ピクシ〜…イジメテヤル、イジメテヤル、イジメテヤル、イジメテヤル……」
何か呟きながらどこか別な世界に行っている。近くにいた、ハウンド隊5番機のレオ・スターレイン曹長がどこか引いた目でジョンさんを見ている。最後の頼みのオズワルド大佐は・・・
「ふむ、しばらく様子見かな……」
そんな事言いながら、顔がにやけてますよ、司令…。俺は、確かにこの状況を楽しんでいる司令の姿を見た。
「ねぇ〜、ピクシー!」
「あぁ、分かった、分かった!持ってきてやるから、ここで待っててくれ」
とうとう説得を諦めて、何か満足してくれそうなものを持って来ようとした時だった。
「いやっ!」
突然、サイファーがラリーの左腕を体全体で抱きこんだのだ。腕に押さえつけられている双丘の感触を楽しんだりも出来るが、これでは酒をとりに行くことも出来ない。まず第一に、周りの奴らの視線が痛い…。
「いや、と言われても、すぐに戻ってくるから、待っていられるだろ?」
「い、や!」
頑固だ。そして、無茶苦茶だ。酔っ払いの理論は聞くべきではないが、出来る限り早くこの状況を改善しないと、さっきから俺の事を睨んでいるジョンの奴や、姉御に殺されちまう…。凄まじいというべきその表情には、怨念すら詰まっていそうだ。ともかく、腕にぶら下がっているサイファーを何とかしないと……。サイファーの、まるで駄々をこねる子供のような表情を真正面に捉え、出来る限り穏やかに対応する。
「あのな、サイファー。腕を放してくれないと、酒を取りに行くことができないんだ。だから、放してくれるかな?」
「ヤダ…」
どうしてこうなるんだ……。
「頼む」
「ダメ」
「お願い」
「ヤダ」
真剣にこちらの事を見つめて何回言っても聞いてくれないサイファーに、次第に腹が立ってきてしまい、つい口調を荒げてしまう。
「いい加減にしろ!俺はお前のベビーシッターじゃないんだぞ!」
俺の声を聞いた直後は、きょとんとした顔をしていたサイファーだったが、突然その漆黒の瞳から涙が溢れ出した。
――まずい!
そう思ったのもつかの間、食堂に彼女の泣き声が鳴り響いた。当然、全体の注目が俺達二人に集まるわけで、周りから見れば泣いている美女を腕に抱えた男がいるわけだから、当然俺に向かって批難の視線が集まる。いわく―
「何やってんだよ!?サイファーを泣かしといて、ただじゃ済まさねぇぞ!」
「あーあ、やっぱりあの二人ってああいう関係だったんすねー…」
「コロシテヤル、コロシテヤル、コロシテヤル……」
最後は批難じゃない、殺意だ。状況はきわめて不利だ。何か打開策がないものか…。周りに目をやってみる。あからさまに敵意、いや殺意の目でこちらを見ているジョンは放っておいて、まず姉御のほうを見る。
こういうときには頼りになるのか、
「おっとこの子じゃないの!責任取んなさいよっ!」
ウインクつきで理解不能の言葉を放った姉御。その目はあからさまに、楽しんでいる。この目をしているときの姉御に何を期待しても無駄だ。俺の経験則がそう言っている。
藁をもすがる思いで司令を見てみるが、
「酔っ払いにまともな対応をしたほうが負けだよ、フォルク君」
いや、そんな達観した言い方しなくても。ていうか、楽しんでるだろ、おっさん。あからさまに、こちらを見ながらにやけている司令に、もはや期待は出来そうに無い。
じゃあ、管制官!あの淡々口調の旦那なら…。そう思って顔を巡らせた俺に向かって放たれた言葉は、
「撤退は許可できないし、したくない」
何だそりゃあ!?最後の『したくない』ってのはどういう考えから出たんだ!それとバーボン片手に、俺をつまみにするなぁ!
結局、まともに助けてくれそうな人間が一人もいない事に気づいただけだった。
何でいつもは仕事をちゃんとする奴に限ってこういうときに羽目を外しすぎるんだ!?
俺は、心底後悔と脱力感に見舞われていた。腕には、まだ泣き止まぬ相棒。周りの人間の半分はやっかみと興味本位で俺達を見て、残りの半分は嫉妬と敵意の念で俺を睨んでくる。とりあえず、最初に相棒の事を対処し、それからほかの事に対処しよう。穏やかに話しかけて、相棒に腕から離れてもらう努力をする。
「あー、いやその、さっきは悪かった。謝るから、腕を放してくれないかな?」
ギュッ・・・
ギュッ、って、思いっ切り抱きしめないでくれよ〜。ただでさえ周りの視線がもはや限界なんだから…。
「…・う・てよ…」
ん?俺は、相棒の嗚咽の中に意味を持った単語が発せられるのに気づいた。
「…ひっく、どうして…」
いつの間にか、駄々をこねる子供だった相棒の泣き声が、別なものになっていた。
「…どうして、居なくなったりしようとするのよぉ…ひっく、居なくならないでよぉ」
どうして言われても、何をどうすりゃいいですか、サイファーさん?ますます混迷の窮みを目指して加速していく状況に、俺の思考が追いつけなくなってきている。だが、相棒の言葉も涙も止まらない。
「何で、みんな居なくなっちゃったのよぉ。お父さんも、お母さんも、基地のみんなも、街も、エリオットも…ひっ、ひっ…みんな居なくなっちゃったのに…」
その時に、相棒が何で俺にしがみついてるのか分かった。相棒は誰かが居なくなる事を、極端に怖れている。だから、他人が居なくなるのではなく、自分が遠ざかることで、その恐怖を引き伸ばしているのだ。自分から、他人を寄せ付けないで生きることで…。普段は、相棒自身すら気づいていないのかもしれないが、アルコールのせいでそれが表面に出てしまい、その結果がこれか…。
「もう居なくならないでよ、…私の傍に居てよぉ!」
それが分かったとき、泣きじゃくってしがみついて来る相棒に、何故かいとおしさを感じてしまう。どうしようなく、ただ悲しみの中に沈みこんでいき、自分を守るために心を凍りつかせた、相棒。紛争の所為で、両親を亡くして孤独な孤児院時代を送った俺。泣きじゃくって腕に顔を擦り付けている相棒の小刻みに震える肩を、そっと掴んでみる。ビクリと1度震えた相棒だったが、振り払ったりはしなかった。俺は相棒の体を支えながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。相棒も、連れられる形で隣の椅子に腰を下ろす。周りの奴らも固唾を飲んで見守る(野次馬)中、俺は相棒の紅い髪をなでてやった。ただ、ゆっくりと、丁寧になでてやるだけ。俺みたいな傭兵じゃ、それが精一杯だった。この際、周りの奴らのことは気にしない。しばらくその体勢を続けていたので、相棒にしがみつかれている左手の感覚がしびれてぼやけてきた。しかし、放してくれる気配はない。ため息をついて、まだなでてやらなければならないのかと諦めていると、サイファーが急に顔を上げた。
「居なくなったりしないよね?」
真っ赤になってしまった目で、真正面から見つめてたずねてきた相棒に向かって、俺も真正面からその瞳を見つめる。そして、ゆっくりと肯いた。その直後、俺は女神の微笑を見た。いや、目の前にいる、相棒が………
微笑んだ―――。
途端に、相棒の顔は下に向く。俺に頭を預ける形で、肩によりかかった相棒から、すぐに寝息が聞こえてくる。
―やれやれ、酔っ払ったお姫様のお相手はおしまいか…。損害は、俺のウィスキーが切れたことと、数週間分のジョンの嫌がらせか…。
ため息をついて今までの疲れを実感する。相棒が最後まで握っていた左手は、ようやく血が流れたのでまだしびれているし、お気に入りのジャケットは左腕の部分だけ相棒の涙で濡れている。だが、少しは相棒の傷に、それが付け焼刃であっても、覆いをつけることは出来たのかもしれない。それだけでも、よしと出来るだろう。ジョンの奴が狂ったようにビールを煽っている事を考慮しなければ。
「お疲れ様」
そう言って、どこからかバーボンを持ってきた司令。俺はそれを受け取ると、ラッパ飲みで一口飲んでから息をつく。周りの連中も、騒ぎが収まったのを見て散っていった。今度はちゃんとグラスにバーボンをついでから、ほっと一息をつく。サイファーとは反対側の席に司令が座ると、同じようにバーボンを注いで飲み始める。俺の好きなジャックダニエルではないが、ジムビームもいけるなと思っていると、司令が静かに話し始めた。
「全く、急に降って湧いて出てくる話はあまりいいものじゃない。特に、戦争の間はな…」
「まったくだ」
司令の言葉に相槌を打ちつつ、少なくなった俺と司令のグラスにバーボンを注ぐ。俺の左肩では、相変わらず相棒が気持ちよさそうに寝ているので、右手だけしか動かせない。
「話の途中だったが、別に話す必要も無いだろう。君は私が言いたかった事を良くわかっているはずだ」
「思わせ振りな台詞を吐かないで、本当の事を言ったらどうだい?」
俺の呼びかけに対しても、司令はただ微笑むのみ。ため息をつきつつ、グラスに残っているジムビームを飲み干す。ただ、穏やかに酒を飲み交わすだけ。意味を持つ会話もなく。
――今日は、色々と疲れる日だった。作戦中に起きた、ベルカ軍の暴走。市民達の暴動。その後やってきた、敵エース部隊。どういったわけか、最後の1機を落としたとき、俺達の無線に入ってきた声。
((…ザッすまない……休暇…取れそう………、アンジェリカ…))
最後の名前だけが、やけにはっきりと聞き取れた、敵パイロットの最後の声。俺は咄嗟に、脱出しろと呼びかけようとしていた。だが、その言葉が口を出る前に敵機は炎に包まれ、跡片もなくなってしまった。後には、なんともいえない空気だけが俺達の間に残った――。
そこまで思い出してから、隣でまだ寝ている相棒を見る。器用にも、肩の上というポジションをまだ維持してはいるが、さすがに寝苦しいだろうと思ってゆっくりとテーブルの上に下ろしてやる。着ていたジャケットの左袖がかからないようにして顔の下に敷いてやった。しばらくもぞもそと動いていたが、落ち着いたのかほとんど動かなくなった。ほとんどの人間が酔いつぶれたか、もう馬鹿騒ぎをやるより普通にしていたほうがいいと思い始めたのか、周りも次第に落ち着いた雰囲気になっていく。その中で、シンキチが拭くサックスの音が良く通る。どこから持ち出してきたのか、ハウンド隊の5番機がトランペットを吹いてユニゾンをしている。ごく普通の音とテンポ。だが、それがまた心地よい旋律を描いている。
思えば、相棒も普通の人間なんだ。ごく当たり前のことだが、相棒と一緒に居ると見失いそうになってしまう。いつだって超然とした態度で振舞い、人との交わりを極端に避ける。そして、戦闘になればほぼ敵なし。そんな相棒に、どこか俺達とは違う世界に住んでいるのではないかと思い始めてしまう人間が居るのも事実だ。特に、ウスティオの空軍においては如実に現れている。西部の空軍基地に配備されている傭兵仲間の話だけでも、サイファーとガルムの名前はかなり知れ渡っている。当然、戦場伝説のような無茶苦茶な話もだ。ガルム隊だけで、円卓の航空機全部を叩き落しただの、フトゥーロ運河の南部はガルム隊がいなかったら落ちなかっただろうだの、果てはガルム隊はウスティオ空軍の極秘研究の成果だの…。数を上げたら限がない。だが、相棒は人間だ。悲しんで、苦しんで、あまり笑ったりはしないが、生きている人だ。俺は、奥底から沸き起こる感情を持て余していた。それがなんなのか分からないことが、更に俺をイラつかせていた。その流れは酒の量の増加として現れ、しばらくやったこともないほどの量を飲む結果となった。
[ヴァレー空軍基地食堂、即席会場跡地 23時55分]
"Valais Air Base Cafeteria, Party Holl site" 2355hrs. 13 May 1995
宴もお開きといった頃。さすがに、俺の足も久々の酒の量がたたって少しふらついている。食堂の中を見渡してみると、酔いつぶれて床で寝てしまっているものも居るが、ほとんどが自室に戻ってしまったのだろう。かなりひっそりとしていた。俺は寒さに身震いして、ジャケットを羽織ろうと思ってところで、自分のジャケットを占領している人物を思い出す。あれから1時間程が経ってはいるが、未だに起きる気配はない。司令は、少し前に仕事があるといって出て行ってしまった。周りを見渡しても、手伝ったり、任せたり出来そうな人間の姿は見えない。そして、テーブルで俺のジャケットを下に敷いて熟睡しているサイファー。
「…はぁ……」
誰が聞いているわけでもなく、俺のため息は酔いつぶれている奴らのいびきにかき消されそうだった。仕方なしにと、サイファーを運ぼうと肩に手をかけたが、酔った上に寝込んでいる人間を運ぼうとするのはかなり苦労するものだ。何とかジャケットを掴んで、サイファーを背中に背負うことが出来たが、少しふらつくので時折半歩ほど横にずれたりもしてしまう。倒れまいと踏ん張った場所がオセローの顔だったり、その時に蛙が潰れるような音がしたりもしたが、気には止めなかった。
建設がほとんど完了したヴァレー空軍基地の生活環境は、かなり改善されてきている。まず、食堂などの大きな設備が必要な本部等と、宿舎を結ぶトンネルが出来たこと。これのおかげで、外の吹きさらしの中宿舎まで歩いていく必要がなくなった。そして、航空機用の設備の充実が図られ、整備関連や保管用の設備が余分とも言えるほど充実した。おかげで、アルの奴がニコニコ顔で整備に取り組んでいる。俺は、暖房が完璧に効いた部屋よりは寒い廊下を、サイファーを背負ったまま歩いていた。この時間の廊下には行き交う人の姿はなく、ひんやりとした空気が流れている。むしろ、廊下の寒さは酔い覚ましにちょうど良かった。背中で眠っている相棒を起こさないようにゆっくりと歩いて、時折背負いなおす。その度に、相棒が唸ったりして起こしてしまったかと心配するが、身じろぎをするだけで起きる気配はなかった。安心した俺は、歩みを続ける。やっと、サイファーの部屋のある女性用宿舎にたどり着いたはいいが、部屋の鍵を開けるのが困難な事に気づいた。通例上、部屋の鍵はサイファーが身に付けているのだろうが、鍵をどこに仕舞っているのか知らないし、第一、服の中にある鍵を探すということはだ、見ようによっては体を弄っているかのように見えてしまう。誰かに見られるとも知れない以上、これ以上俺の評判や今後に関わることで悪い行動は取りたくなかった。仕方なしに、きっと開いてはいないだろうと思いながらドアノブをまわしてみるが、ドアはその本来の役割を果たすこともせずにあっけなく開いてしまった。少し怪訝に思いつつも、サイファーを背負って部屋の中に入る。断っておくが、この部屋が空いている理由は決してサイファーが無用心だからではない。
実は、サイファーの身の回りの世話係を自称している某妙齢の女性が合鍵を持っており、二人が部屋に着く前に鍵をあらかじめ開けておいたからだ。それを知る由もないラリーは、ごく普通に部屋の中に入っていった。部屋の中は。以前サイファーの肩越しに見たように殺風景なままだった。俺の部屋にもある備え付けのベッドや、チェスト兼机、そして、どこから仕入れてきたのか知らないが小型の冷蔵庫が鎮座していた。これぐらいのサイズなら、ひとりで生活していくうえでは問題ないだろうサイズだ。こういったものを持ち込むのは、一人ぐらいしか思いつかない。先ほどラムを吸い込むかのように飲んでいた姉御の姿が思い起こされる。ため息をつきつつ、俺はサイファーをベッドに横たえさせる。相棒は、目覚める気配が全くない。別な理由でため息をつきつつ、俺は部屋を出ようとした。
「…リ…ット」
サイファーが何か呟いたに気づいた俺は、ふとベッドのほうを振り返った。しばらく様子を伺っていると、その黒目から涙が零れ落ちるように流れた。
「……・・父さん…・・エリオット・・・・」
ベッドのすぐ傍まで戻って、端のほうに腰掛ける。流れ落ちる涙を指で拭ってやって、近い方の手を握る。強くはなく、だがしっかりと。どうしてか、俺はそうするべきだと思っていた。ほんの少しだったが、サイファーの表情が柔らかくなった気がした。少し泣き声気味だった寝息が、穏やかな規則的なものに変わってから、俺はサイファーの部屋を後にした。
廊下には誰もいないものと思っていたので、目の前に姉後の姿を見たときにはさすがに驚いた。
「サイファーを襲ったりはしなかったようね。感心、関心!」
笑って俺の肩を叩く姉御に対して、もはや渡り合うだけの気力もなかった。
「出来るわけ無いだろうが……。ひょっとして鍵を開けたのは…「私よ」」
即答か。ま、姉御らしいが。しかし、あれだけ飲んだのにどうして平気な顔をしているのか…。俺の怪訝な顔に気づいたのか、姉御は響かない程度の声で笑った。
「あれぐらい、まだまだ序の口よ。さすがに12杯連続は無理だったけど、まだまだいけるわよぉー」
笑いながら、ジョッキを傾けるポーズをする姉御。勘弁してくれと手を振ってから、俺は姉御と別れて自室へと重い足を向けた。部屋の中に入り、ベッドに倒れこむようにして横になっても、俺の心は晴れやかではなかった。何故かは分からない。だが、俺の中にあるおぼろげな影が、靄となって俺の心を包んでいるかのようだ。それがなんなのか、今の彼にも、そして、未だ黒い悪夢と戦う事を選べない彼の相棒にも、わからなかった。
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