「あっははははは!!ごめんねぇ!いやー、まさかそこまで酷い二日酔いだとは知らなくて!」
「ったく、凄い勢いで俺を寝床から引っ張って行ったかと思ったら、部屋の中でサイファーは丸くなってるし、姉御の説明は役に立たないし、本人に聞こうと思っても話せそうにもないし、ポーラには怒られるし、おまけに寝不足だよ・・・」
カーテンは開かれ、部屋の中に晴れやかな空から光が差し込んでくる。そんな部屋の中で、どこか疲れた雰囲気を漂わせて備え付けの椅子に腰掛けているのが、ラリー・フォルク。片羽の妖精と呼ばれる凄腕傭兵パイロットであるが、突如として訪れた理解不能な事態に対しては、一般の人と同じにその経歴は無意味だ。
部屋の中でベッドに倒れこんでいる彼の1番機、扉のところまでは連れてきてはくれたが、何を説明したいのか全く分からないほど混乱している姉御、そして二日酔いのせいで上手く働いてくれない自分の頭。結局、最後に医務室から衛生兵であるポーラ・ヴェルレーヌを呼ぶことで決着がついた。
『ただの二日酔いよ!あんた達、こんなことぐらい自分で解決しなさいよっ!私だって忙しいんだから・・・・』
おまけで数十分のお説教つきだったが、いまはサイファーが頭痛薬を渡されて少しは落ち着いたばかりだ。
「・・・・・・」
豪快に笑うエイダ女史を、恨めしそうに見つめているサイファーが居る。その傍で椅子の背を両手で抱え込むように腰掛けているラリーにとっては、彼女の気持ちも分からないでもない。今こうして声を掛けている自分自身が、久方ぶりの酷い二日酔いなのだ。それに、エイダさんの大声は、確かに頭に響く。
――特に二日酔いの頭には。
しかし、仮にも彼女の事を心配していたという立場上、余計なことで心配を掛けたりする必要も無いので何も言わないでいる。
「まあまあ、昨日の夜はラリーも少しお楽しみがあったことだし、それをセッティングしたのも私なんだからいいじゃないの!」
「ちょっと待て、俺はそんな事をしてないぞ!?」
とはいえ、必要のない事を言われて騒がれてしまっては、自分の行為が無駄になる。悪い事に、どうやらサイファーはこの話題に興味を持ったようだ。飲み終えたグラスを戻しもせずに、こちらのほうを見ている。必死になって否定していたのだが、さすがに姉御の口の達者さにはついていけない。しまいには、昨日の顛末を事細かく説明しだす事態に。もはや万策尽きた、と無言で姉御の口から展開される言葉を聞き流す。
「・・・だって、あの時のサイファーって、すっごく可愛かったのよー!」
ノーコメント。
「こう、ピクシーの腕に擦り寄っちゃってさぁ!」
・・・ノーコメント。
「ピクシーのほうもまんざらでもない顔なのに、かったい態度でね!」
・・・ノ、・・ノーコメント・・・。
「お互い意識しあってるはずなのに、気づいてないって感じのカップルみたいだったわー」
・・・・・・・・・。
姉御の話は、俺達が眠りについている間に、当直の人間全てに話しかけてきたかのように、どこか繰り返して話しているかのような感じだった。それに対して、もはや口をはさむ余地すらない。
静かに、横目でサイファーの方を伺う。彼女は、最初に姉御が話し始めた状態のときとはなんら変化がない様に見える。内心ほっとしつつも、何も反応がない彼女に不安になってくる。
俺に対して、何も感じていないというのか?いくらなんでも、そんな事があったら少しは反応してもいいだろう?
そんな不安が、胸のうちを駆け巡る頃には、多少なりともサイファーのほうもそれ相応の反応をする、
・・・・はずだった。
「・・・そう・・」
単純にして明解。ただ何事もなかったように呟いたサイファーは、視線を両手で挟みこんでいるグラスの辺りで泳がせている。部屋の中を、沈黙が包む。姉御のほうも、サイファーの反応のなさに気づいたのか、やけに気まずそうにしている。
「・・・ま、まあ、二日酔いは、昼まではつらいから、それを過ぎたら後は楽だからね・・・」
「・・・・・・・・・」
姉御が話題を振って場を和ませようとするのだが、サイファーのほうはいつもの無言の表情だ。それが更に場の空気を固める。
「えーっと・・・・じゃ、じゃあ、あたしは仕事があるから、あとよろしくっ!」
「って、おい!」
ついには、耐え切れなくなった姉御が逃げ出してしまい、部屋の中には二人だけとなってしまう。心の中で頭を抱えながらも、二人きりになったのも何かの機会だと割り切って、サイファーの事を思考する。
俺自身としては、サイファーとはあと腐れなく、この戦争が終わった後には部隊としても、仲間としても別れてしまったほうがいいと考えている。どうしても彼女の隣にいる自分に、どこか違和感を感じてしまうのだ。それに、彼女の外聞 ―といっても一部の人間からだが― を聞いても、どうにも自分が釣り合うような気がしない。
自分は生まれついての傭兵のようなものだ。時には、汚い仕事をしたこともあるし、自分の仕事で奪ってきた命は、間接的、直接的を問わず、両手両足の指の本数など、微塵にも感じられない数だろう。そんな人間が、彼女のようにまっとうな人生を歩んできた人と、つりあうはずがない。確かに、いまサイファーは傭兵という、普通とは違った仕事についている。だが、その切っ掛けは親の敵討ちだ。それが平穏無事かつ、後腐れなく終わるなら、彼女は清浄な青空に飛び立つことが出来る。
俺はただ、それを最後まで見守る・・・まではしなくてもいいが、せめてその手助けだけでもしてやればいい。そして、二度と彼女の前に現れなければ、それでいいのだ―――……・・・
「出てって・・・」
不意にサイファーが口を開く。最初は、何を言ったのか理解できなかった。しばらく経ってから、それが退出を促す言葉であると気づく。
「あ、いや。さっきの姉御の話を気にしてるってんなら……」
「………着替えるから」
「え?」
一瞬、頭がフリーズした後で何を言ったのか理解し、こちらを見るサイファーに追い出されるように、実際はそんなことはないのだろうが、部屋を出た。良く考えてみれば、サイファーは普通の対応をしていたのだったのだろう。さっきの反応の悪さは、単に二日酔いで調子が悪かっただけだろう。そう思って、すっかり目が覚めてしまった頭を抱えながら、食堂に朝食を取りに向かう。
今思えば、このときにサイファーが何を考えていたのか、良く考えてみるべきだった。だが、このときの俺は、久々の深酒に頭の回転はアイドル状態であり、そこまで気を回す余裕がなかった。
[5月14日 7時45分]
0745hrs. 14 May
朝食をとった後、任務や片付けるべき仕事もなく、ただぶらぶらと基地の中を彷徨っていたラリーだったが、ふと、ハンガーの前の大量の物資の前でリストを挟んだバインダーを持ったエイダ女史が目に入った。人の背丈ほどの大きさのコンテナの前を、飛び跳ねるように覗き込んだり仰ぎ見ては、手に持った書類に何かを書き込んでいる。おそらく在庫チェックと、届いたコンテナの確認といった事務仕事なのだろうが、朝の暴走のこともある。一言ぐらい、言っておくべきだろう。そう思って足を向ける。
「こんな朝から、忙しそうだな」
コンテナの扉を少しだけ開いて中を覗き込んでいる姉御の後ろから、声を掛ける。
「当然!それに、あたしの仕事が忙しいほうが、みんなも元気になるってもんよっ!」
腰に手を当てて振り返った顔が、まるで子供のような笑い顔になる。全く、この人の笑顔は、どう控えめに見ても○○歳には見えない。良くて、カレッジスクールの女学生ぐらいだろう。
「どういった意味で元気になるのか知らないが、仕事熱心なことだ」
少しばかり苦笑を浮かべつつ、さっきまで姉御が覗き込んでいたコンテナの中を見ようとする。だが、中を除き見る前に姉御に扉を閉められてしまった。
「ああ、駄目よ。これは、アンタの為の荷物じゃないんだから」
扉を背にしてこちらにウィンクまでしてみせる姉御――いや、エイダさん。こういうシーンでは、そう呼ぶのが適切だろう。まあ、声を掛けたのも朝のことがあるからだし、別に中に何が入っているのかホントに気になったわけでもないしな。
「それより、朝のあれは一体なんだったんだよ?結局のところ、俺に何をして欲しかったのかさっぱり分からんぞ」
言ってしまってから、しまったと思った。なぜなら、姉御の顔には満面の笑みが浮かんでいたからだ。
この笑顔の姉御に、いい思い出はない・・・・。
「ふっふーん、それじゃあ何をしてみたかったのかなー?」
「別に何も・・・」
そっけなく返事したが、姉御のニヤニヤ顔は消えない。これから自分に身に起こる事を想像して、背中を冷たい汗が流れる。
「べつに、ねぇ〜?んじゃあ…」
姉御が満を喫して続きを言おうとしたところへ、頭上のスピーカーから警報のサイレンが鳴り響いた。顔を見合わせて、それぞれのいるべき場所へ向かう。姉御はPX内の緊急物資の搬出ゲートへ。俺は、自分の愛機のある場所へ。空は相変わらずの快晴だが、この空のどこかに、敵が居る。少しばかり青い空を睨んでから、足と手をせわしく動かす作業を続ける。
[ヴァレー空軍基地北 5月14日 8時00分]
"Northern Valais Air base" 021°00'08"N 237°21'64"E 800hrs. 14 May 1995
「くそっ!!」
舌打ちしつつ、接近してきた敵機からの攻撃を回避する。近づいてきたF−35は機銃を発射しながら通り過ぎ、すぐさま別の敵がバックアップする。昨日のパーティーで飲み明かした体であっても、いつものごとく戦闘が出来ている事に感謝しながら、ジョンは敵の包囲網の囲いから離脱しようともがいている自分達の不幸を呪う。ついさっきまでのんびりとした哨戒飛行であったはずの早朝任務は、いつの間にか生死の狭間に立たされた命の駆け引きとなった。愛機のMig−29を限界旋回速度で旋回させ、エアブレーキオン、低速で一気に引き起こす。高度の上昇に見合うだけ速度が低下する頃には、眼下に飛び出してきた敵機が見える。すぐさま反転、追尾を開始する。敵機が右に左にと切るたびに、自分の体が同じ側に運動の法則に従って押される。何度かの旋回の後、敵機の動きが緩慢になったところでガンアタック。残り少ない残弾数のカウンターがあっという間に減っていく。火を噴いて落ちていく敵機には目もくれず、まだ生き残っている奴らに目を向ける。
早朝出撃に参加していたのは、メナス隊から選抜された2機、つまり俺とキャンベルのMig−29、そして、我等がオセロー・フィッシュバーン少尉のF−20Aと、奴の指揮するハウンド隊の5番機で、数日前に隊長たるオセローを差し置いて新規の機体を受領した勇気あるお調子者、レオ・スターレイン曹長のX−29だ。いつもの調子でオセローを茶化しながら規定のルートを進んでいたはずの俺達だったが、突如として現れた敵のステルス機に攻撃を受けているのは、前述の通りだ。こっちは4機に対し、あっちは8機。彼我の戦力差はどうしようもないが、ヴァレーに援護要請を出してある。遅くとも、20分ほどでアラート待機の奴らが来援するはずだ。それまで、俺達は時間稼ぎをしていればいいのだが、元々哨戒任務にそれほど装備をもってきたわけでもなく、最初の邂逅戦でほとんどのミサイルを撃ち尽くしてしまった。そこからドッグファイトに切り替えて、既に10分。相手側がレーダーに映りにくいアドバンテージをフルに活用した戦法を取ってくれたおかげで、機銃を使い込んでしまい、残弾数も残りは少ない。だが、未だに相手は6機と、優位は変わらない。ヴァレーの援軍が来ることが、本当に待ち遠しかった。だが、願いというのは女性の気持ちと同じで上手くこちらに向かせるのが難しい。
「おい、ラッキー!後方から2機!同時だっ!」
白をベースに、黄色と赤のラインで塗装されたX−29に忍び寄っていく敵機の姿が見えた。すぐさま援護に向かう。
<<4機だけで防ぎきるのは、無理ですよ!!>>
文句とも悲鳴とも取れる台詞を叫びながら、キチンと回避機動を取るレオ。山よりも高度の下がる下降をあえて選んだのは、やつの気まぐれか、それとも奴の言う、生まれつきの幸運がもたらす直感というやつか?
「…どうやら、女神様はまだあいつを見捨ててはいないみたいだな…」
呟きつつも、下降してインメルマンターンしたレオの機体が、搭乗者の悲鳴と共に狭い谷間を抜けていく様を見つめる。後方の敵機は追尾を諦めてSTOVL機の特長を生かした急激な上昇を開始する。そのスキを付いて、残り少ない機銃を敵機のうち右側に叩き込む。瞬きをする間に10数発を叩き込まれた敵機が、推力を失って回転しながら落ちていく。振り返ると、生き残った左側の敵機が必死になって逃げているのが見える。後方に張り付いたオセローの機体が、離れそうで離れない絶妙の距離感を保って追尾していた。そのパイロンに残っていた、おそらく最後のミサイルが白煙を吐きながら突撃していき、敵機を火球へと変える。直後に、オセローの声が入る。
<<こちらハウンド1、スプラッシュ1!だけど、弾薬がもうありません!ALL EMPTY!>>
再び舌打ち。カウンターに表示されているのは、もう一桁になろうかというかのような数字だ。他のやつも同じような状態だろう。まだ敵は4機を残しているし、退く気配はない。
<<こちらハウンド5、食いつかれた!>>
レオの悲鳴が無線から流れる。
「レオ、どうした!?」
<<どこからだ?見えない!>>
<<下だよ!下だっ! フレアッ、フレア!フレアッ!>>
キャンベルの警告にフレアをばら撒きながられをが安全と思われる方向へと回避する。だが、敵機は更に近づき牙を付きたてようとする。
<<フレアは今ので最後ですよっ!?>>
「俺が援護する!キャンベル、付いて来いっ!」
<<オッケー!>>
機体を加速させレオの傍に寄ろうとするが、他の2機に阻まれてしまう。
<<ちっくしょう、この変態共めっ!>>
まずい、このままだとレオがやられるばかりか、オセローが庇って撃たれに行きかねない。何とかしなくては・・・・・・。
<<こちらヴァレーコントロール、貴編隊の南西側から新たな機影、3機が接近中。警戒せよ>>
ご丁寧に状況を悪化させる報告をしてくれてありがとうよ、男色の管制官殿。そんなことより・・・
「おいっ!援護はどうしたんだ!?」
<<今向かってる!到着までは、およそ5分>>
<<5分も持ちませんよ!このままじゃ、各個撃破されます>>
その通りだ。その瞬間、コックピットにAAM警報が鳴り響く。すぐに機体を捻って回避した先に、敵機から発射されたミサイルが迫っている。チャフとフレアを放出して回避しようともがいて、運良く回避はできたが、レオの機体から引き離されてしまう。はめられた事に気づいて、すぐさま機を反転させようとしたときだ。
<<随分と手こずっているようでございますですね?>>
あの、独特な口調が聞こえてきた。忘れるはずがない、確か、フトゥーロの侵攻作戦で・・・。
などと考えている間に、長距離から放たれたミサイルが生き残っている敵機に向かって飛び込む。4発のうち2発が敵機を捕らえ、火球へと変わる。更に、近づいてきた3機が生き残りを追い詰める。海洋迷彩のスホーイと、エメラルドのクロースカップルドデルタの機体、そして黒い直線翼の機体・・・・・。
[ヴァレー空軍基地 5月14日 8時30分]
"Valais Air Base" 0830hrs. 14 May
結局、ヴァレーに空襲を仕掛けようとしたらしい敵機は、新しく来た連中と哨戒任務中だったジョンたちによって全機撃墜されて、俺達の警戒態勢は解除された。まったく、気苦労が無駄になったとため息をつくが、被害がないのはいいことだ。それに、ジョンたちがやられるということは万に一つもないだろうが、もしもそうなったら、このヴァレーは壊滅していた可能性もある。現在、基地の中でまともに空戦が可能なのは数人ほどしかいない。前日のアルコールがまだ抜けていない人間のほうが多いのだ。それに、空に上がると気圧の関係で血圧が変化し、同時に体内に残っているアルコールの回りも激しくなる。そうなれば、もはや飛ぶことすらままならない。つまり、今朝の早朝任務に出撃できたのは、アルコールの分解が体質的に早く、且つそれなりの腕前、という条件が着いていたのだ。その条件に、アルコールの摂取量が少なかったレオはともかく、オセローが入っていたのは驚きだが。
遠くから遠雷のような音が響いてくる。哨戒任務でベルカ機に襲われた奴らと、スクランブルで援護に向かった奴ら、それに、新しく廻されてきた奴らが到着したのだ。
「・・・随分と大所帯になりましたね・・・」
そう呟いて、隣で出撃前の2倍以上になった帰還機の影をファインダーに捉える、ランディ・ウォルコット。地方新聞を発行しているスカイ・キッド社から辺境の空軍基地に傭兵部隊を取材する為に派遣された、特派員。既に取材期間の終了が近づいているので、彼にとってはこの日の撮影が最後になる。
まずは、戦闘で燃料の消費の激しい襲われた4機から降り始める。ダークレッド塗装のMig−29Aに乗ったジョンが率いるメナス隊の2機を先頭に、2機ずつ滑走路に降り立っていく。次は、オセローの乗ったタイガーシャークと、この基地では最も新しい機体のX−29、続いてスクランブル発進したF−14が2機、最後に、今回廻されてきた3機が、降りてくる。最初に、海洋迷彩の濃い青色に塗られたSu−37、二番目にエメラルド色のJAS−39C、最後は暗黒色のA−10だ。記憶のどこかに残っている塗装をしたその機体に気を取られている間に、駐機位置まで機体を転がしたジョンのやつが降りてくる。そしてこちらを見つけると、凄まじい勢いでこちらに向かってきた。おいおい、そんな勢いだとこけるぞ・・・。
「おい!ピクシー、サイファーがどこに居るか知ってるか?」
「ああ?何でそんな事聞くんだ?いつも自分で探してるくせに・・・・」
突然何を言い出すのか、この男は。まあ、いつものことだが。
「何でもいいから、あのA−10が止まるまでにサイファーのやつを見つけておかなきゃならないんだよ。さあ、どこに隠した!?」
特に説明らしいことはあまりないが、説明らしいと言えばそう思えてこなくもない。が、俺が相棒の居場所を四六時中知っているわけもない。
「知らないな。大体、そういうのは自分でやれば・・・・」
「なにか用?」
「「
のわっっ!?」」
突然真後ろから聞こえた声に二人して飛び跳ねる。慌てふためいて振り返ると、いつもの表情でサイファーが佇んでいる。視線は、いままさにタッチダウンしようとしているA−10に注がれているようだ。新しく来た機体は3機だが、他の機体には目もくれていない。その深い黒の機体が開いている駐機スペースに止まると、待機していたスタッフがすぐにストッパーをタイヤにかませる。同時にパイロットがエンジンを停止すると、エンジンの回転数が下がり音が徐々に低くなっていき最後には消える。キャノピーが開かれて、パイロットがヘルメットを上げると、下から黒髪に黒目の女性の顔が現れる。いわゆる、サピン系の落ち着いた雰囲気を持った女性だ。柔和な表情を浮かべたままラッタルを降り、シートの後ろにおいておいたのであろうバッグを掲げて整備兵と何かを話していたが、こちらの事を見つけたのか、少し嬉しそうな顔でこちらに向かってくる。数歩歩けば手を取れる位置にまで近づいてくるその女性を、サイファーは瞬きもせずに見つめている。
「これは、考えていた以上のグッドシチュエーションだ・・・」
隣でパイロットスーツのまま立っているジョンが何かを呟く頃には、今駐機しているA−10と記憶がつながっていた。そう、フトゥーロ運河。相棒が、俺の記憶の中では始めて自分から積極的に関わりを持った相手。
「お久しぶりでございますです。直接会うの初めてでございますね?」
ダルモエード3。わざわざサピンからこんな辺境の傭兵お雇い基地にまでいらっしゃってくれた、物好き。
ここにいるということはつまり、傭兵に転職したということか?
「書類上は、ウスティオ空軍への派遣、ということでございますが、体のいい島流しのように考えているようでございますです、あの男は」
ああ、あの<少佐>か。一様は上官であるはずなのに、”あの”呼ばわりとは、相当嫌われてるな。まあ、自業自得だろうが。
「それに、わたくし自身も、こちらへの転属を希望したからでもありますです」
そう言って、変わらない柔和な表情でサイファーのほうを見る、ダルモエード。対するサイファーは、いつもの無表情だ。相反する表情の二人だが、全く違和感を感じない。赤と黒、二人の女性の間には、どんな感情の波が流れているのだろうか。ついと、ダルモエードのほうから一歩を踏み出し、右手を差し出した。
「ヴァン・ニーダヴェリールでございます。これから、よろしくお願いしますです」
そして、いままでの柔和な表情より少しだけ、穏やかに微笑む。それを見てもサイファーのほうは無表情のままだ。昨日の酒が入っていたときの姿が、嘘のようだ。おずおずと、だが最後には覚悟を決めたようにしっかりとヴァン・にー・・・・えっと、・・・の手を掴んだサイファー。
「ようこそ・・・」
抑揚のない声で、普通の人間から見れば無礼とも取れるような態度でそう呟く。俺には、その顔が戸惑っているに見えた。
昨夜の出来事で印象が変わったからではなく、ただそう感じることが出来たのだ。
どうしてなのだろう・・・・・・。何故、こんなにも多くの人が自分を見ようとするのだろうか。・・・と。
それはな、相棒。お前の事を、お前が思っている以上に好きなやつは多いって、事なのさ・・・。
「俺らは無視か?」
そう言って、4人だけの世界に入っている脇で同じようにたたずむ二人の男を無視したまま、物語は続く。
[ヴァレー空軍基地 5月14日 2時15分]
"Valais Air Base" 0215hrs. 14 May
深夜のヴァレー空軍基地。幾人かの当直を除けば、ほとんどの人間は既に夢の中。基地の本部施設の廊下のはずれ、電話機のおいてある団欒室もひっそりとしている。そんな中、古い黒電話のダイヤルを回す音が響く。何回か音がしたあと、少しの間をおいて呼び出し音が鳴り始める。三度目が鳴り終わる頃に、相手側の受話器がとられ、電話がつながる。
「こんな夜中の電話だ、美人じゃなかったら怒るぞ?」
「指定したのはそっちよ。用件を言って」
ふざけているのか、本気で言っているのか分からない口調で、電話口の男の声が話しかけてくる。それに対する声は、逆に理路整然としている。くぐもった声で笑った後に、男の声が続く。
「相変わらずつれないねぇ。先代の名が泣くぜ?」
「関係ないわ。それより、わざわざこんな時間を選択してきたのだから、それ相応の情報なんでしょうね?」
「ご明察」
答えている女の声が、真剣さを増してくるが、男のほうは相変わらずな口調のままだ。だが、男の次の言葉に、続きを促そうとした女の台詞が詰まる。
「例の、黒い編隊の詳しい情報だ」
「・・・・・・・・掴んだの?」
「もちろん、部隊の人員名簿も一緒にな」
それっきり、受話器を持ったまま、サイファーの周りを沈黙が包む。自分が最も憎み、そして、追い求めている相手。その正体が掴め切れていなかったが、これで判明する。
「部隊名は、シュバルツェ隊。第13夜間戦闘航空団第6戦闘飛行隊。督戦任務の為に、ベルカ空軍内部で唯一味方への攻撃を許可された、エスケープキラーさ。隊長は、ドミニク・・・・・」
そこから後は、耳に入ることはなかった。
シュバルツェ・・・・・・。黒・・・・・・。ブラック・・・・・・。
その名前が私の、敵。もし、遭遇することがあったら、確実に地獄に送る・・・。
彼女にとって幸運だったのは、その黒い感情に歪んだ顔を誰にも見られなかったこと。そして、不幸はその事に彼女自身が気づくことはなく、周りに人が居ないことからそれを知る手段もなかったことだ。
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